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不死身の元魔王ヴィルヘルミナ~吸血鬼は千年の戦場を見届ける~  作者: Takahiro
第七章 霧になる魔法

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ノエルの過去

「そやつは殺した方がよかろう」

「おや、ゲルトルート。君も来てたのか」


 ヴィルヘルミナの背後からゲルトルートの声が響いた。ヴィルヘルミナの直系である彼女もまた、心臓から肉体を再構成でき、あの壁を通り抜けることができた。


「私は特に生きたい理由もないけど、死にたくもない」

「そういう奴は何をしでかすかわからぬのだ」

「まあまあ、落ち着いてくれ、ゲルトルート」


 ――無駄に刺激するのは避けて欲しいんだけど。


 ノエルの精神性について、ヴィルヘルミナはほとんど理解していない。下手に刺激して敵対することだけは避けたいのだ。


「なれば、そやつの記憶を見せてもらおうか」

「記憶?」

「彼女は人の血を吸うとその人の記憶が見れるんだ」

「そう。勝手にして」

「なれば、遠慮なく」


 ゲルトルートはノエルのだらしなく垂れ下がった右腕に噛みつき、その血を吸う。相手が血族の始祖ともなれば、体調に遠慮する必要はない。数分間にわたって、遠慮なく血を吸い取った。


「何かわかったかい?」

「そうだな。こいつの過去――吸血鬼になった経緯と今に至るまでが、ある程度はわかった。やはり生きている奴から血を取った方が、はっきりと見える」

「正直気になるけど……」

「話してよいか、ノエル?」

「勝手にして」

「なれば話そう」


 ゲルトルートには迷いがない。ノエルの過去を見たからには、彼女が同意するだろうと確信していたのだろう。そうしてゲルトルートは、ノエルの過去を話し出した。


「ノエルが生まれたのはおよそ五百年前。ちょうど魔王が西方帝領に攻め込む数年前であるな」

「なるほど……」


 そこで自分の名が出てくるとは思いもよらなかったヴィルヘルミナであった。


「ノエルは西方帝領ブルグント王国の王女であった。そして八歳の時、魔王がブルグントを支配下に置いた」

「ブルグント王国は早めに恭順したから、元々の王家がそのまま支配することを許されたと思うけど」


 もちろん、ヴィルヘルミナがその決定を下したのである。


「詳しいな。ともかく、ブルグント王家はひとまず所領を安堵されたが、内心では安堵できなかったようだ。王国であっても取り潰される諸侯がいくらか存在したからな」

「それで?」

「ブルグント王族は万が一に備え、子息全員に王たるに相応しい教育を施すことにした。男女を問わず、いつでも王国を継承できるようにな」

「ノエルも厳しく教育されたと」

「ああ。彼女は三女であったため、比較的自由に過ごせていたが、そこから生活が一転したのだ」

「そう……。それは、本当に嫌だった」


 ノエルの声には気力がないが、しかし当時の記憶は思い出したくもなさそうであった。


 ――ブルグントを取り潰すつもりなんて全くなかったんだけど、そう思われても仕方はないか……。


「そうして、ノエルは嫌気がさして家を抜け出そうとした。もちろんそう簡単に成功はしないが、吸血鬼になれば話は別だ」

「なるほど。霧になる魔法を得たのも納得がいく」


 ノエルは人間が自然に吸血鬼になった、血族の始祖である。ヴィルヘルミナの経験上、血族の始祖が持つ固有魔法は吸血鬼になったその時の状況に強く影響される。


「この魔法は便利だよ。誰にも見つからず、どんなに人がいても、簡単に逃げられる」

「それはそれで軍事的な脅威だと思うんだけどね」


 逆に言えばどんなに厳重に守られた要塞にも侵入できるということで、ノエルが人の世に積極的に関わる性格だったら、確実に歴史に名を残していたことだろう。


「ともかく、ノエルは逃げることが目的で、それ以外に特にやりたいことはなかった」

「自由を得ても……百年もしないうちに飽きた」

「まあ精神性は人間のままだからね」

「それで、ヘルムートと出会ったのは三百年前だ。当時から山賊だったヘルムートが偶然、ノエルに出くわした。血をもらい、それからノエルを隠した。ここではない。最初はもっと簡素な洞窟にノエルを隠していた」

「そして最近、ここに引越ししてきたのか。ヘルムートの徒党の規模が大きくなってきたから、本拠地を構えたってところかな」


 ノエルの過去は、おおよそこのようなものである。ノエルが吸血鬼になった理由について、直接的な原因ではないが、ヴィルヘルミナがその一端を担っていたことは違いない。


「で、君としては、彼女を生かしておいていいと思ったかい?」

「いいや、全く」

「……本気で言ってるのかい?」


 ヴィルヘルミナとゲルトルートの間に緊張が走る。ノエルは興味がなさそうだったが。


「こいつは、無辜の民を殺すことに躊躇いがない。殺すことを楽しんでいるという風ではないが、生きるためであれば平然と人を殺す」


 ゲルトルートはサーベルを抜いた。彼女の声には明確に怒りと敵意が宿っていた。


「……そうなのか、ノエル?」

「悪いの? 吸血鬼なのに」

「吸血鬼は人を殺さずとも十分な血を手に入れられる。それを知らなかった、ということかな?」


 その答え次第では仕方なかったとも言えるが、ノエルの返答はヴィルヘルミナの期待とはまるで違った。


「知ってるよ。でも殺した方が楽だから」

「まさか、交渉するのが面倒だから殺したとか言わないよね?」

「そうだよ? わざわざ交渉なんてしたくなかったから、村の人を全員殺して、ゆっくり血をもらってた」

「…………」

「言ったであろう。こいつは生かしておいてはならぬのだと」

「そうかも、しれないね」


 ヴィルヘルミナの価値観とは相容れない存在だ。だが積極的に虐殺を行う口でもない。ノエルをどうすべきか、ヴィルヘルミナは決めかねていた。

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