吸血鬼ユリアの話
「ああ。そうだよ。ちょっと退屈だったから、殺したんだ」
「私は……ヴィルヘルミナ様がよくわかりません。何が本当なのですか……?」
「私は原則的に罪のない人は殺さないが、たまには例外もある。それだけだよ」
「本当ですか? 本当に、そう思っているのですか? そんなことで人殺しなんて……」
――まったく、勘が鋭い子だ。
「君に私の何がわかるって言うんだい? ほんの数ヶ月しか一緒に過ごしていないのに」
「確かに……私はヴィルヘルミナ様のことをほとんど知りません。それでも、今のヴィルヘルミナ様は、そんなことはしないと思います。私のためだけに、あそこまで真摯に接してくれた方が、そんなことをするとは思えないのです」
「君の身体が貴重だったから、ただの知的好奇心から親切にしていただけかもしれないよ? つまり君を利用していただけかもしれない」
実際、吸血鬼の血が体に入っていながら吸血鬼化していないというのは、極めて珍しい事例だ。吸血鬼と人の境目を探る実験対象として興味深かったのは事実である。
ヴィルヘルミナとしては、ヴェロニカに妙な同情をされたくなくて突き放そうとしたのだが、ヴェロニカは逆に緊張がほぐれたように微笑んだ。
「私を騙そうとしているのなら、わざわざそんなことを言いますか?」
「確かに、それにしては素直すぎるね」
「ゲルトルートさんの話も、誤魔化そうと思えばいくらでも誤魔化せたのです」
ゲルトルートの家族の件は、彼女の証言以外の証拠がない。ヴィルヘルミナが隠そうと思えばいくらでも隠せたはずだ。
「やはり、何か事情があるのですよね?」
「今は、教えることはできないんだ。わかってくれ」
「……無理に聞きはしません」
「助かるよ」
「誰にでも、言いたくないことはあります。ですが、いつかは教えてくださいね? 何百年でも待ちますから」
ヴェロニカは微笑んだ。やはりヴェロニカは、ヴィルヘルミナが何の罪もない民間人を殺したとは思えなかった。
――すまない。これをゲルトルートに知られるわけにはいかないんだ。
「ところで、ヴィルヘルミナ様は先程『私としては』と仰っていましたよね? それは、ヴィルヘルミナ様以外の吸血鬼から得た生命力ということですか?」
ヴェロニカは恐怖や軽蔑を越えて、知的探求へと舵を切っていた。
「そうだね。ただ、その大部分はたった一人の吸血鬼からのものだ」
「と言うと……?」
「私が今持っている生命力の八割くらいは、私を吸血鬼にした奴が持っていたのをそのまま奪ったものだ。私が殺したからね」
「その吸血鬼というのは?」
「ゲルマニアの魔女、吸血鬼ユリア。知っているかい?」
「それは……紀元前二世紀頃に小ゲルマニア地方で猛威を奮った吸血鬼、ですか……?」
「その通り。よく知ってるね」
「まさか……そんな歴史上の人物だとは……。というか……ヴィルヘルミナ様はそんな昔に生まれたのですか!?」
ヴェロニカの目が急に輝いた。本好きの彼女としては、紀元前を直接見たことのある人物と話せるとなれば、心が踊らないわけがないのである。
「う、うん、そうだよ」
「も、もっと、お話を聞かせてください!」
「は、はは……。あんまり楽しい話はできないけどね」
ヴィルヘルミナは自嘲気味に言った。
帝国暦はレムリア帝国の初代皇帝ガイウスがアウグストゥスの尊称を授かった年を元年とするので、ユリアが活動していたのはその百年ほど前ということになる。小ゲルマニア地方というのは、概ね北方帝領の最西部のことである。
「ユリアについてどこまで知っているのかな?」
「紀元前三世紀から二世紀まで、小ゲルマニア地方からガリア地方にかけて出没した吸血鬼だと、記録されています。そして、ある時を境に全く被害が発生しなくなったとも」
「ああ。私が殺したからね。急にいなくなるのは当然さ」
「ほ、本当ですか!?」
「そんな嘘は吐かないよ」
「…………帝国軍が百年近く苦戦した吸血鬼を、どうやって殺したのですか?」
――何と答えたものか。
「私も吸血鬼だったからね。それもユリアに吸血鬼にされたんだ。あいつに吸血鬼にされた後、あいつを殺したんだよ」
「ゲルトルートさんと、似ていますね……」
「まあね。だから彼女の気持ちもよくわかるよ」
「そう、ですか……」
気まずい沈黙。会話の流れがすっかり断ち切られてしまった。だがヴェロニカは知的好奇心を抑えられなかった。
「し、しかし……吸血鬼ユリアも命を弄ぶ魔法が使えたはずですよね? それをどうやって殺し切ったのですか?」
「えっと……」
――説明しすぎたな。
「動けないようにして、生命力を吸い尽くしたんだ。生命力を失えば生き返れないのは、説明しただろう?」
「そ、そんな方法で、ヴィルヘルミナ様も殺せるということですか?」
「多分ね」
「……本当ですか?」
ゲルトルートの話をしてからというもの、ヴェロニカにはすっかり疑われてしまっている。ヴィルヘルミナは嘘が下手であった。大して付き合っていない人間に見透かされる程度には。
「私の弱点は君の弱点でもあるんだ。あんまり言いふらさない方がいいと思うよ」
「それはそうですが……」
ヴェロニカはまだまだ物申したげであったが、ヴィルヘルミナはこの話題を無理やり終わらせることにした。
「そうだ。やっぱりゲルトルートを呼び戻してきてくれるかい? 彼女の魔法は血液の鮮度も大事だからね」
「は、はい。わかりました」
ヘルムートの死体から記憶を取り出してもらうべく、ヴェロニカはゲルトルートを呼びに行った。




