ヴィルヘルミナの消耗
その矢を、ゲルトルートはサーベルで弾き返した。ゲッツの棍棒を受け止めながら、そのサーベルを少し回転させ、矢を防いだのだ。人間業ではない。手練の吸血鬼にしか不可能な芸当であろう。
「おお、やるじゃないか」
「その程度で私を殺せると思うな。わかったら、私と戦うことは諦めよ」
「そいつは無理な相談だな」
「ヴィルヘルミナごときに義理を尽くす必要はあるまい。奴を利用するだけ利用すればよいのだ」
「それを決めるのは俺達だ。ヴィルヘルミナには結構な恩があるんでな。昔の悪行なんぞ知らん」
「話の通じん奴め。まあいい。ヴィルヘルミナが動けなくなるまで、ここで遊んでやろう」
「随分と舐められたもんだなぁ!」
ゲルトルートはその気になればヘルヴェコナ伯ゲッツを殺せたが、その気は毛頭なかった。ひたすら足止めするだけである。一方、ヴェロニカは両者の激しい戦いに介入できずにいた。
○
「まあ、余計な邪魔が入らないのは、それはそれで好都合だ。私の手で、君達を皆殺しにしてあげよう」
ヴィルヘルミナは両手に大斧を作り出した。眼前の吸血鬼、残り十二体を皆殺しにするつもりである。
「そいつを殺せ!」
「「おう!!」」
ヘルムートの命を受け、二体の吸血鬼がヴィルヘルミナに斧で襲いかかる。洞窟は狭く、同時に戦えるのは二体が限界であった。ヴィルヘルミナにとっては非常に有利と言ってよい。
二体の斬撃をそれぞれ片手で受け止め、そのまま押し込んでいく。ヴィルヘルミナは力が強いタイプではないが、若い吸血鬼相手に二対一で力負けすることはない。
「クッソ……! こいつ、強い……!」
「君達も耐えるねぇ」
両手を塞がれている状況。相手は守りに回っており、決定打に欠く。
「騎士道なんて君達に適用されるはずもない。せこい手段も使わせてもらおうか」
「そいつは……!」
ヴィルヘルミナの爪が伸びる。斧を持ちながら、伸びた爪先が吸血鬼の胸に迫った。
「ク、クソッ……!」
「終わりだ」
爪は皮膚を破り肉を裂き、吸血鬼の心臓を突いた。間欠泉のように血を吹き出し、吸血鬼の片方が倒れた。その隙を逃さず、ヴィルヘルミナは自由になった左手の斧で、右の吸血鬼を真っ二つにした。
「さあ、次はどいつだ?」
「矢を放て!」
ヘルムートが大声で命令する。いつもの淡々とした仮面は剥がれていたが、判断力が鈍っているわけではない。二本の矢がヴィルヘルミナに飛んできて、片方が彼女の左腕を貫いた。銀を鍍金してある矢が刺さった途端、肘から先が吹き飛んだ。
「まったく。その程度で勝った気に……」
――回復できないか。やはり消耗が激しい。
ゲルトルートが言った通り、心臓から身体を完全に作り直すのは体力を大きく消耗する。ヴィルヘルミナは片腕すら満足に回復できなかった。
「もっとだ!」
「さすがに許せないね!」
ヴィルヘルミナは吸血鬼の射手に獣のような勢いで飛びかかった。だが、その右手の斧が射手を切り裂く寸前、別の吸血鬼が彼女の斬撃を斧で受け止めた。
「いい動きじゃないか」
「調子に乗るな、化け物が!」
「まったく。君達に化け物呼ばわりされるのは実に不愉快だ」
「今度こそくたばりやがれ!」
「クッ……」
もう一人の斧持ちの吸血鬼が、ヴィルヘルミナに襲い掛かる。片方がヴィルヘルミナと鍔迫り合いしている間に、もう片方がヴィルヘルミナに斬り掛かろうとしているのだ。
吸血鬼は斧を横に構え、ヴィルヘルミナの胴体を真っ二つにしようと振りかぶった。
――それはさすがにマズいな。
まだ左腕は再生できない。ヴィルヘルミナは非常手段に訴える。
「何だ!?」
「血を固めた武器だ。使い勝手は悪いんだが」
左肘から、赤黒い刀身のようなものが生えていた。血で作った剣のようなものである。もちろん腕としての機能はなく、何かを握ることはできず、攻撃範囲も極めて狭いが、攻撃を受け止めることだけは可能だ。
かくして、右手の斧、武器と化した左腕で、ヴィルヘルミナは何とか二対一の戦いを凌ぐ。
――左が、ちょっとキツいか……
斧に押され、即席の血の剣にひびが入ってきた。焦って生み出した武器故に、耐久力が確保できていなかったのだ。だがヴィルヘルミナも反撃の一手を用意している。
――そろそろ、いけるか。
「次は、私の番だ」
「クッ……!?」
破壊される寸前、血の剣で斧を弾き返した。その一瞬の隙に左腕を再生する。じっくりと生命力を集中させることで、一気に再生させたのである。
再生させた左手に槍を作り出し、左側の吸血鬼の心臓を貫いた。片方が消えればどうということはない。もう片方も瞬時に首を落とした。
「まったく……。苦労させてくれるね……」
「今度こそ、死んでもらおうか」
「おやおや」
四体の吸血鬼がヴィルヘルミナに向かって弓を構えていた。手前の二体が膝立ちになって、後ろの二体の射線を確保している。
「放て」
ヘルムートが合図すると、四本の矢がヴィルヘルミナに放たれた。




