吸血鬼の搦手
「本当に歩けるかい、ヴェロニカ?」
「はい。思ったより、大丈夫そうです」
「まあ再生すれば痛みは完全に消えるけど……」
「ヴィルヘルミナ様……私を何のために連れてこられたのですか?」
ヴィルヘルミナから過剰な保護を受け、ヴェロニカは苛立っているようだった。まるで幼子を叱る親のような口調で反論してくる。
「ごめんごめん。私は全ての生き物の自由意志を尊重する。そう決めているはずなんだが……」
「それ……私だけが特別弱いって言いたいんですか?」
「そんなことは断じてない。君は私から直接血を貰っているんだ。強いに決まってるだろう」
「なんだか言葉と行動が合っていない気がしますけど」
ヴェロニカはなおも不満そうであったが、それ以上不平を唱えることはなかった。ヴィルヘルミナとヴェロニカは洞窟の探索を再開した。
○
それから暫く。二人は吸血鬼の寝床らしき広めの部屋に出た。非常に乱雑だが、手作りの寝具や家具が並べられており、いかにも賊のアジトといった趣だ。
「そいつを置いてかなくてよかったのか? お前には足手まといにしか思えねぇが」
部屋の入口に吸血鬼が現れた。この時を待っていたと言わんばかりに出口を塞ぎ、ヴィルヘルミナとヴェロニカは部屋に閉じ込められてしまった。
「そんなことはないよ。ヴェロニカは強い吸血鬼だ。実際、もう足が復活してるだろう?」
「確かにな。まあ、今回は小さい方に用はねぇ」
「小さい方ってなんですか!」
「実際に小さいだろうが。お前には散々手下を殺されてきた。無事に帰してやるわけにはいかねぇな」
「それはこっちの台詞だね。君達、ここから無事に出ていけるとでも思っているのかい?」
「ふん。デカい口叩いてられんのも今のうちだ。やれ」
「今度は何だい?」
ヘルムートが手下に合図を出した。次の瞬間、ヴィルヘルミナは腕にわずかな痛みを感じた。彼女の右腕に細い針が突き刺さっていた。吹き矢から放たれたようである。
「毒で殺す気かい? そんなの意味ないと思うけど」
「毒なのは違いねぇが、殺しはしねぇな。何だと思う?」
ヘルムートの自信満々の様子に、ヴィルヘルミナは思い至ることがあった。
「眠らせるタイプの奴か。確かに、不死身相手には効果的だ」
不死身を何とかする手段は基本的に二つだ。拘束するか、気絶させるかである。ヘルムートは後者を選んだらしい。
「さあ、どうする?」
「さすがに詰めが甘いんじゃないかい?」
ヴィルヘルミナは左手に剣を作り、躊躇なく右腕を切断した。毒が回る前に切り落としてしまえば、どうということはない。
「それはどうかな?」
「……ちょっと、話しすぎたか」
ヴィルヘルミナは猛烈な眠気を感じた。思ったより即効性の高い毒だったらしい。立ってもいられなくなり、力なく地面に倒れ伏せてしまった。
「ヴィルヘルミナ様!」
「ヴェロニカ……。逃げて、いいよ……」
「ヴィルヘルミナを殺せれば俺達は十分だ。逃げていいぞ?」
「そ、そんなこと、しません……!」
ヴェロニカは震える手を抑えながら、吸血鬼の群れの前に立った。
「ほう……。俺達と戦う気か。いや、戦うまでもないか。やれ」
「おうよ!」
手下の吸血鬼が、ヴェロニカに向かって吹き矢の矢を放った。しかしヴェロニカには届かなかった。剣のように長く伸ばした爪で、矢を叩き落としたのである。
「まあ、種が割れてりゃそんなもんか。吸血鬼の目なら、吹き矢くらい簡単に捉えられる」
「ど、どうしますか……? 私と、戦いますか……?」
「そうだな。せっかくだ。生け捕りにするとしようか!」
「親分!?」
「ッ!!」
ヘルムートは斧を抜き、ヴェロニカに斬りかかった。ヴェロニカは爪で受け止めた。強度は負けておらず、ヴェロニカの爪が折れることはない。
「やはり、弱々しい見た目通り、大したことねぇな」
「うっ、ぐっ……」
ヴェロニカはヘルムートに力負けしていた。少しずつ斧に押し込まれ、斧が彼女の胸に届き、皮膚を切り裂く。
「いたッ……」
「これで終わりだな」
「あ゛っ……」
ヘルムートは斧を一気に落とした。ヴェロニカの胸から腹にかけて、皮膚と肉が切り裂かれ、服は一瞬にして赤黒く染まった。ヴェロニカはヘルムートに爪を突き刺そうとしたが、もう腕に力が入らなかった。
「…………」
「そいつ、殺しちまったんですか?」
「いや、まだ息はある。こいつから血をもらった吸血鬼だ。痛みに慣れてなくて気絶しただけで、再生はするだろうよ」
「なるほど……」
「どっちも拘束しておけ。くれぐれも厳重にな」
「任せとけ、親分!」
それから数十分。ヴィルヘルミナは目覚めた。ヴィルヘルミナは服を全て脱がされた上、全身をロープでぐるぐる巻きにされて、全く身動きが取れなくなっていた。
「え……うわ……君達、吸血鬼のクセにそういう趣味なの? 軽蔑するんだけど」
「お前の身体なんぞに興味はねぇよ。それより、今は昼間だ。面白いことができると思ってな」
「なるほど。日光で焼き殺そうとしてるのか。いい考えだね。私は心臓も残さず灰になるだろう」
「……後悔しても遅いぞ」
この期に及んでも余裕綽々なヴィルヘルミナに、ヘルムートは警戒を緩めなかった。




