ゲルトルートの能力
「ええと、そちらの方は……」
「気にしなくていいよ。私の連れの吸血鬼だ」
「さ、左様でしたか……」
宮中伯の兵士はゲルトルートの存在に困惑していたが、それ以上問い詰めてくることはなかった。
「で? 吸血鬼の死体はどこだ?」
「こっちだ」
ヴィルヘルミナがゲルトルートを案内した先には、首を刺されて死んだと思われる吸血鬼の死体が一つ、雑に転がされていた。吸血鬼は埋葬の対象にはならないらしい。
「こいつらは霧になる魔法を使うことができる。不意打ちで首を刺されて失血死したんだろうね」
「死にかけていると、霧になれないんでしょうか?」
「うーん、確かに、どんなに損傷しても霧になっちゃえばいい気もするけど、さすがにそこまで都合のいい魔法じゃないんじゃないかな?」
もしもそうであるのなら、心臓を一撃で破壊される以外のあらゆる損傷を回復できることになってしまう。あまりにも無法だ。
「血は固まっているが、別に問題はない。こいつの血をもらおう」
「ああ、好きにしてくれ」
「な、何してるんですか……?」
ヴェロニカが怯えた目で見つめる先で、ゲルトルートは吸血鬼の死体の首に噛みつき、固まった血液を吸い出した。さらに、首からだけでは十分に血液が取れないので、胸を切り開いて心臓を抉り出し、噛み砕いていた。
やがて、血塗れになった口を拭った後、ゲルトルートは言葉を発した。
「こやつらの拠点を見つけた。ヴィアドルス宮中伯領内にある洞窟だ」
――なるほど。宮中伯領にあったから見つからなかったのか。
「ど、どういうことです……?」
「ゲルトルートは血から記憶を読み取ることができるんだ」
「いかにも。これはそういう能力を持った吸血鬼を喰らって得たものだ。それ故、完全とは言い難いがな」
血を吸うことで対象の記憶を部分的に読み取る能力。しかも死体からですら限定的な記憶を抜き取ることができる。ゲルトルートの能力は敵の捜索にうってつけだ。
「ありがとう、ゲルトルート。宮中伯の兵士に伝えて、討伐の用意をしてもらおう」
「こういう連中は私も大嫌いだ。貴様と同類だからな」
「だから〜、もうそんなに憎まないでくれよ」
ヴィルヘルミナが強請るように言うと、ゲルトルートは即座にサーベルを抜き、彼女の心臓に突き刺した。
「ヴィルヘルミナ様!?」
「ヴェロニカとか言ったな。聞いていないのか、こいつが私に何をしたのか?」
「き、聞いていませんが……」
「そう言えば、言ってなかったね。大体四百年前、私はゲルトルートの両親を殺して、ついでに彼女を吸血鬼にしたんだ」
「えっ……」
ヴィルヘルミナの口からさも当然のように語られる内容を、ヴェロニカの頭は暫しの間理解できなかった。まさに悪魔の所業と言うべき行為であり、とても許し難い。彼女は暫く言葉を失っていた。
「……ほ、本当に言ってるんですか、ヴィルヘルミナ様……?」
「ああ。ゲルトルートの家族を殺したのは私だ。弁解することはないよ」
「分かったら、お前もこんな奴とは縁を切った方がいいぞ。こいつから血をもらったからといって、こいつの眷属になるわけでもない」
ゲルトルートはヴィルヘルミナの胸からサーベルを引き抜いた。大量の血が撒き散らされて赤い水溜まりができた。溜まった血が風に揺られ、さざ波を立てる。
「いいよ、ヴェロニカ。君は自由で独立した吸血鬼だ。私から離れて、兄上のために働くといい」
「な、何か、事情があったのではありませんか……? ヴィルヘルミナ様が、そんな無意味に人を殺すとは……」
「時間が経てば人は変わる。吸血鬼だってそれは同じことさ。昔はヤンチャな時期があったってだけだよ」
ヴィルヘルミナはゲルトルートに睨まれながら、茶化すように言った。明らかに何かを誤魔化そうとしている雰囲気に、ヴェロニカはやはり、ヴィルヘルミナの言葉をそのまま信じはしなかった。
「……やはり、本当は何か事情があるのではありませんか?」
「事情などあるまい。ただこいつが人喰いの化け物だったという話であろう」
「私には、そうは思えないですけど……」
「お前はこいつと知り合って一年も経っていないであろう。私は四百年の腐れ縁なのだ。私の言葉を信じた方がよいと思うがな」
「それはそうかもしれませんが……」
ヴェロニカは、四百年も経てば人格が変わるのは当然と思えたが、同時にヴィルヘルミナの反応には大きな違和感を覚えていた。彼女が人を無差別に襲う吸血鬼を心底嫌っているのは、とても嘘だとは思えない。
「私には、まだ判断できません。少なくともそれが判断できるまでは、ヴィルヘルミナ様と共にいようと思います」
「ふん、そうか。精々後悔せぬことだな」
「ゲルトルート、今は吸血鬼を殺しに行く方が先じゃないかな?」
「……そうだな。それは無論、手を貸してやる。すぐに人間に伝えて討伐に向かわせろ」
「そう焦らなくてもいいのに。吸血鬼なんて時間はいくらでもあるだろう」
「吸血鬼とて、いつ死ぬか知れたものではない。無駄な時間を送るのは不愉快である」
「分かった分かった。可能な限り急がせるよ」
とは言っても、敵にこの事実を気取られるわけにはいかない。一定の慎重さは求められるだろう。




