巣の包囲
吸血鬼の群れの巣はヴィアドルス宮中伯領内にあることがわかった。ゲルトルートはさっさと終わらせたがっていたが、ヴィアドルス宮中伯は慎重を期し、ポメレニア辺境伯軍から騎士八百の援軍を得てから、その場所へ向けて出陣した。
「お久しぶりですな、宮中伯殿下」
「あ、ああ、そうだな、ヘルヴェコナ伯。貴殿が来てくれると、心強いぞ」
義腕の将軍ヘルヴェコナ伯ゲッツが、辺境伯軍の指揮官として派遣されていた。
「君なら吸血鬼くらい真正面から殴り倒せそうだね」
ヴィルヘルミナは遮光された馬車の中から軽口を叩いた。ちなみにヴェロニカは、ゲッツと鉢合わせになると面倒なので、別の馬車に乗っている。
「おいおい、買い被りすぎだ。俺はただの人間で、吸血鬼と正面からやり合えるほど強くはねぇよ」
「本当かい?」
「あくまで数で勝ってる時しか、俺達は吸血鬼とは戦わねぇ。同じ数で戦うなんて死にに行くようなもんだ」
「なるほど。今回の敵は多めに見積っても三十人程度だから、大丈夫だね」
「そうだな。だが油断するつもりはない」
――こいつ、案外賢いな。いや、賢くないと将軍なんて務まらないか。
ヘルヴェコナ伯の初対面での印象と実際の能力との差に、ヴィルヘルミナは少しばかり驚いていた。
○
「んで? ここが目的地の洞窟か?」
「いかにも。ここに敵は潜んでおる」
その洞窟には真昼に到着した。ゲルトルートもヴィルヘルミナも厚い外套をまとって日光から身を守っている。昼間に来たのは、敵が洞窟から打って出てくる危険が小さいからである。
「ま、まずは、洞窟に他に出口がないか確認、だったな?」
宮中伯はヘルヴェコナ伯に確認する。
「そうですな。吸血鬼なら穴掘りくらい造作もないでしょう。こうやって見つかった時のために、逃げ道を用意しているかもしれません。ゲルトルート、他に出口はあんのか?」
「私が読み取った記憶からは、ここの他に二ヶ所あるようだ。しかし、他に出口がないとは言えぬ」
「わかった。んじゃ、全員でこの辺りを捜索して回ることにしよう。いいですね、殿下?」
「も、もちろんだ! 皆の者、吸血鬼の逃げ道を探すのだ!」
「私やゲルトルートがここにいる以上、敵は私達の存在に気づいている。十分に気をつけることだね」
ヴィルヘルミナもゲルトルートも吸血鬼の中では上位に入る。洞窟の中にいるであろうヘルムートらは、既に彼女たちの到着に気づいているだろう。
宮中伯軍と辺境伯軍は森の中を慎重に探索した。結果的には敵が打って出てくることはなく、出口と思われる穴を二つ新たに発見した。
「日が傾いてきた。そろそろ捜索を打ち切った方がよさそうだね」
「了解だ。総員、穴を塞げ! モグラ一匹通すんじゃねぇぞ!」
吸血鬼に複数の出口から脱出されては面倒。そこでどうするかといえば、出口を全て塞いでしまえばいいのである。簡単なことだ。
「伯爵様! ここ以外、全ての出口を塞ぎました! いくら吸血鬼でも出てくることはできません!」
「よくやった。今晩は待機だな。くれぐれも警戒を怠るな」
「はっ!」
突入するのは翌日の昼間である。
未知の出口から吸血鬼が襲いかかってくる危険もあるので、兵士たちは一晩中厳戒態勢であった。また、唯一残している出口では百を超える兵士が常に臨戦態勢を整え、吸血鬼が出てきた瞬間に叩き殺す構えである。
○
その晩は不気味なほどに静かであった。何も起こらないまま朝を迎えた。
「ほ、本当に、吸血鬼はここにいるのだろうか……」
宮中伯はここが吸血鬼の巣であるとは信じられないようだ。
「まあまあ。いなかったらまた探すだけだよ。それかゲルトルートの魔法が間違っていたか」
「私の魔法に間違いはない!」
「まあ、それは信用してるよ」
「で、ここから、どうするのだ……?」
今日のヴィアドルス宮中伯は神輿のようなものだ。実際の作戦立案にはほとんど関わっていない。
「洞窟みたいな閉所で吸血鬼と出くわすのは、ポメレニア辺境伯の騎士でも危険すぎる。そうだろう?」
「まあな」
「だから、ひとまずは吸血鬼だけで突入する。ゲルトルート、君も来るかい?」
「私はいい。あわよくばお前が勝手に死ぬことに期待する」
「ああそう」
――まったく、君は首尾一貫しすぎだ。
ヴィルヘルミナは苦笑いした。
「私は連れの吸血鬼と一緒に行く。とりあえず二人で行ってくるよ。いい報告を待っててね」
ヴェロニカは正体を隠しつつ、戦いに慣れさせるために連れていく。
「本当にお前に任せちまっていいのか?」
「構わないよ。これは私が好きでやってるんだ」
「そうか。俺はここで待っている」
ヘルヴェコナ伯やヴィアドルス宮中伯に見守られながら、ヴィルヘルミナとヴェロニカは洞窟に入る。
「相手を適度に減らしてから死ねよ」
「ああ、頑張るよ」
入る直前、ゲルトルートに激励のような何かを投げかけられた。
「こ、これで、日光は当たらないですね……」
ヴェロニカは洞窟に入って早々、安堵の溜息を吐いた。日光に当たって身体が灰になるのが相当怖かったらしい。もっとも、とても安心していられる状況ではないが。
「まあ日光は当たらないけど、吸血鬼がいきなり襲ってくるかもしれないね」
「うぅ……。が、頑張ります……」
ヴェロニカはヴィルヘルミナの背中にくっつきながら、洞窟の奥へと進んだ。さすがに緊張しているのか、ヴェロニカの呼吸は荒く、無音の洞窟にはよく響いていた。




