ヴェロニカの今後
「楽しそうにしているところ悪いんだけど、君はこれからどうするつもりなんだい?」
「どうする、とは? 私は先程も言ったように、兄上のお役に立とうと思っていますが」
――なんか、言葉がキツいな…………
元気になったヴェロニカがハキハキと話すので、ついさっきまでの態度との落差に、ヴィルヘルミナは認識が追いつかなかった。
「それはいいんだけど、具体的な方法は?」
「具体的、ですか。兄上が力を必要とする時にお力になる、というのではいけませんか?」
「君は案外雑な子だね。君からも何か言ってやりなよ、兄上」
ヴィルヘルミナから急に話を振られても、辺境伯アドルフには言葉が詰まる様子が全くない。
「そうですね。大貴族や皇帝ともなると、吸血鬼やその他化け物を囲い込んでいることがよくあります。いざという時の切り札として、ヴェロニカにはいて欲しいものです。しかしヴェロニカの場合、既にある程度は顔が知られてしまっていますから、当家で雇い入れる形にするのは少々難しいでしょう」
「どうしてですか?」
「さすがに私一人だけでお前を保護することはできない。ある程度はお前の存在を知る人間が必要になる」
「私は死んだことになっているのに、私を知っている人間と鉢合わせになったら困る、ということですね」
「ああ。大吸血鬼を討伐した勇者の家系の人間が吸血鬼になったとは、知られるわけにはいかない」
――じゃあ、私が魔王ってバレたら、この家はどうなるのかな。
普通の貴族でも一族が吸血鬼になったなどとは口が裂けても言えないが、ポメレニア辺境伯家では特に重大な問題だ。この家の名声は魔王を討伐したこと、そして今でも吸血鬼退治を専業にしていることに由来するのであって、そんな家の人間が吸血鬼になることは決して許されない。
そういうわけで、ヴェロニカがポメレニア辺境伯家に居続けることは不可能そうである。そんな事実を突きつけられ、ヴェロニカは言葉を失った。
「まあまあ、ずっとここに居るのが無理って話なだけで、必要な時に必要なことだけすれば、別に問題ないだろう。そうだよね、アドルフ?」
「そうですね。それならば十分に現実的です。私が死んだ後もヴェロニカが当家を支えてくれると思えば、安心して死ねるというものです」
「君ねぇ……こんな時くらいそういうのはやめなよ」
ヴィルヘルミナは大きく溜息を吐いた。ヴェロニカの心情を慮ってのことだったのだが、しかし当の本人は、ヴィルヘルミナの反応の方が腑に落ちていない様子であった。
「もちろんです、兄上! 私は生きている限り、ポメレニア辺境伯家を支え続けます」
「それでこそ、我が家の人間だ」
「はぁ……。まあ兄妹なんだし、思想が似てるのは仕方ないか」
どうやらヴェロニカもアドルフと同様の思想――今生きている人間より国家という存在に忠を尽くす――が根付いているようだ。ヴィルヘルミナの心配は最初から全くの無駄であった。
「君達はどうして全体のことしか考えられないんだか。で、辺境伯が必要としない間はどうする? そこら辺の森の奥で隠遁生活をしているのも悪くないと思うけど」
「吸血鬼は人の血を吸わないと生きていけないのですよね?」
「もちろんだ。ただし、世間一般に思われているほどの血は必要ない。ただ生存し続けるだけなら、協力してくれる人間が数人ばかりいれば十分だ。戦いとかに生命力を消費したら、その分の補充は必要になるけどね」
吸血鬼が生命の維持に必要な血液はかなり少ない。相手にかなりの負担をかけることにはなるが、血を貰う相手が一人だけでもなんとかやっていける。人間より生命力の消費効率がいいのである。
「協力者、ですか。見つけるのは大変そうですが……」
「ああ。だから現実的なのは、適当な仕事をして報酬を貰うことかな。私と一緒にいてくれれば、吸血鬼としての生き方を教えてあげることもできるよ」
「ヴィルヘルミナ様にお供する、ですか」
「人間社会から居場所を失っている以上は、これが一番いいと思うけどね」
「ご迷惑ではありませんか?」
――真っ先に聞いてくるのがそれか。
「人のことを考えられるのは素晴らしい美徳だと思うけど、さすがに君は他人中心に考えすぎだよ。まあ、私は今は一人だから、旅の相手がいなくて退屈してるんだ。迷惑なんかじゃないよ」
「そ、そうでしたら、お願いしたく思います」
「ああ、もちろんだ。構わないよね、アドルフ?」
「ヴェロニカは今や吸血鬼です。私には何の権利も権限もありませんよ」
「だそうだ」
「それもそれで少し寂しいですが、ありがとうございます、兄上」
「感謝されることはない。しかし、吸血鬼ヴィルヘルミナ殿と吸血鬼ヴェロニカ殿の力を、私は今まさに必要としています」
「ヴェロニカ殿……」
「ああ、分かってる。今度こそバカな吸血鬼共を皆殺しにしよう」
北方戦争のせいで治安維持がおざなりになり、辺境伯領西部で跳梁していた吸血鬼の群れを、ようやく本格的に狩りに行くことができる。
「兵力には余裕があります。ヘルムートと名乗っていましたか。その者に率いられた吸血鬼の賊を、我が軍の全力をもって討伐に向かいます」
「初仕事だ、ヴェロニカ。肩慣らしにはちょうどいいよ」
「ほ、本当に、そんな軽い相手なのでしょうか……?」
魔物狩り程度ならまだしも、いきなり吸血鬼相手の戦闘に、ヴェロニカは怖気付いているようだったが、ヴィルヘルミナは普通に連れていくつもりである。




