決意の吸血鬼
「うーん……。思ったより吸血鬼になる気満々なんだけど、アドルフはそれでいいのかい?」
「私はヴェロニカが望むのであれば構いません。先程も申し上げたように、ヴェロニカは死んだことにしますから、当家に不利益はありません」
「私は、吸血鬼に、なりたいです……!」
「うーん……」
――あまりにも議論らしい議論がなさすぎて、これでいいのか分からないな。
ヴィルヘルミナとしてはもう少し意見が割れることを想定していたのだが、辺境伯アドルフもヴェロニカも、ヴェロニカが吸血鬼になることに乗り気である。最も乗り気でないのはヴィルヘルミナだった。
――いや、私の意見なんてどうでもいいか。私はただ、吸血鬼になりたい奴を吸血鬼にするだけだ。
「君は死にかけているわけでもないし、吸血鬼のことをきちんと説明しておこう」
「は、はい」
「知っていると思うけど、吸血鬼になれば陽の光を浴びることはできない。そう、こんな風にね」
ヴィルヘルミナは窓を覆うカーテンを少しだけ開き、日光が射すところに左腕を差し入れた。その瞬間、彼女の左腕は一瞬にして真っ黒になり、塵のように消滅した。
「そ、それは、もちろん、知っていることです……」
ヴェロニカは知識としては知っていたが、実際に吸血鬼の肉体が日光で消し飛ぶのを見るのは初めてであった。思ったより勢いよく消滅したのを見て、動揺を隠せなかった。
「あとは……色々あるけど、吸血鬼は老いることがない。望んでも老いることはできない。まあ変身の魔法とかが使える奴なら見た目だけ誤魔化すことは可能だけど、四六時中魔法を使い続けるのは骨が折れる。現実的じゃないね」
「それも、承知しています」
「君くらい若いと、十年も経たないうちに周囲との時間のズレに悩まされることになるだろう。それに、君の知り合いはどんどん死んでいく。いずれ吸血鬼と一部の長命種以外の知り合いは誰も残らなくなる」
「わかって、います……。それでも、死ねないわけでは、ありませんから」
――確かに、死にたくても死なないような呪いではないけど。
「そうだね。まあ、その時はその時だ。あまり考えないようにしよう」
「は、はい」
「他には、生殖能力がなくなるとか、大抵の人間が殺しにかかってくるとか、あと髪と肌と目の色が私みたいになるね。だから事情を知らない人間とは、もう一緒にはいられない」
「そう言えば、アンナさんも、ヴィルヘルミナ様と同じような、見た目でしたね……」
「ああ。吸血鬼の血の割合が多ければ多いほどこんな感じになる。せっかくだし君には血をたくさんあげるつもりだ」
ヴィルヘルミナの意思次第で、どれほどの血を与えるかは調整可能である。しかし、吸血鬼になるほど血を与えて見た目が全く変わらないというのは不可能なので、人間社会にそのまま残るのはどうやっても不可能だ。
「どうせなら強い方がいいだろう?」
「ま、まあ、それは……そうですね」
ヴィルヘルミナが急に子供っぽいことを言い出して、ヴェロニカは何とも言えない返答しかできなかった。
「で、これほどの不利益を承知の上で、本当に吸血鬼になりたいかい? これまで生きていた社会を失い、陽の光を浴びることもできなくなる」
「全て、承知の上です。今すぐにでも、吸血鬼になる、覚悟です」
「その理由は?」
「兄上に迷惑をかけたくない、ですし……ポメレニア辺境伯家に役に立てるのなら、それが本望です」
「くどいかもしれないが……君は本当にそれでいいのかい? ポメレニア辺境伯家に生まれた責任、とかでそう言ってるんじゃないか? 本当に君はそれを望んでいるのか?」
「私は、私自身の意志で、吸血鬼になることを望んでいます」
その声はわずかに震えていたが、ヴェロニカの目は真っ直ぐヴィルヘルミナを見据えていた。
「吸血鬼になったら、人間に戻ることはできない。絶対的に不可逆だ。わかっているね?」
「もちろん、その意味は理解しています。それでも、私は、何もできないのは嫌なのです。私は、自由に動きたいのです」
「…………」
――そこまで、意志は固いか。
「わかった。アドルフの方もそれでいいね?」
「はい。構いません。それがヴェロニカのため、ですから」
辺境伯の言葉は歯切れが悪かった。
「……本当にいいのかい?」
「私の意志など関係ありません。全てはヴェロニカが決めることです」
「じゃあ……ふぅ。お望みの通り、ヴェロニカを我が血族の一員に迎えよう」
決意が固いヴェロニカに対し、何故かヴィルヘルミナの方が心臓の鼓動が早まっていた。
「ちょっとこっちに来て、首を出してくれるかい?」
「はい」
ヴェロニカの身体を起こし、首元を露わにすると、ヴィルヘルミナは首筋に牙を立てた。血を注いでいくと、ヴェロニカの肌と髪から色が抜けていき、目は血のように鮮やかな赤に染まった。
「これで終わりだ」
「これは……思ったより真っ白ではありませんね」
ヴェロニカの最初の感想は、自分の肌の色を見てのものであった。
「え、ああ、そうだね。吸血鬼の力というのは、時間をかけて身体に馴染ませていくものさ。私がいくら血を与えても、人間だった部分は残る。君の場合は三百年くらいすれば、完全な吸血鬼になるだろう」
「なるほど」
「で、元気になったかい?」
「そう、ですね」
ヴェロニカは最初こそ、自分の体の様子を確かめるように慎重に動いていたが、ベッドを降りると、先程までの重病が嘘だったかのような軽い足取りだ。
「あ、歩けます……! まるで病気なんてなかったかのようです!」
「それはよかった」
「すごいすごい! 自由に動ける!」
ヴェロニカはまるで子供のようにはしゃぐ。やはり、まともに歩くこともできないほど自由を縛られた状態は、本人も気づかないほど強いストレスを与えていたのだろう。
「くれぐれも太陽光に当たらないようにね」
「もちろん、わかっていますよ!」
「彼女がすっかり元気になってよかったね」
「ええ、本当によかった。私はヴェロニカが笑っていてくれれば、それでいいのです」
吸血鬼の力をここまで喜んでくれる者など滅多にいない。ヴィルヘルミナも自然と頬が緩んでいた。




