帝都ビュザンティオン
ユニコーンは疲れ知らずの魔法の馬であり、一日中走り続けることができる。しかし目立つので、基本的には街で物資を購入しつつ、野宿しながら進んだ。
グダンツを出発して南下し、この前戦争したばかりのポスナニア公国を含む諸侯領と皇帝直轄領を通り、北方帝領を出て東方帝領に抜けた。東方帝領でもいくつかの半独立国を抜け、やがて広大な東方正帝直轄領に入る。
グダンツを出発してわずか六日ほどで、東方正帝領の中心部、帝都ビュザンティオンに到達した。ビュザンティオンは三角形の半島に立地し、その付け根を塞ぐように長大な城壁が築かれている。地平線の果てまで城壁しか見えない。
「この目で見るのは、初めてです……。壮観ですね、ビュザンティオンは……」
「ああ。防御力がすこぶる高い。何せ四百年前に魔王の攻撃を耐えた要塞だからね。グダンツとは比べ物にならないかな」
――まったく、忌々しい。
「むぅ……。我が国のことを、悪く言わないでくださいよ……」
「別に悪いとは言わないよ。でもここが世界最大の都市なんだし、ここと比べちゃうとねぇ」
ビュザンティオンの人口は四十万を数える。百万を超える人口を有した最盛期のレムリアには及ばないものの、世界最大の都市であることに疑いようはなく、世界の富の三分の二が集まる場所などと呼ばれている。ちなみに、グダンツの人口は四万程度だ。
「さて、ここで問題なのは、ウル・シャリムに行くには海を渡らなければならないことだ。そして海路は東方正帝の厳重な管理下にある」
東方帝領のエウロパ側とアジア側はいくつかの海峡によって分断されている。ビュザンティオンはまさにその海峡の目の前、エウロパ側にある。海峡の防衛は帝都防衛の生命線であるから、勝手に海を渡ることは許されていない。
「渡し船に乗せてもらえば、いいだけなのでは……?」
「それはそうなんだけど、ユニコーンが目立つんだよね。ユニコーンを置いていけばいいって話かもしれないけど、ユニコーンなしで旅するのは面倒だ」
「確かに……」
「まあ、何とかなると信じて、船屋に行ってみようか」
「だ、大丈夫なんでしょうか……?」
「私がいるんだ。何とかなるって」
ヴェロニカは不安そうにしていたが、どうせ船を使うしかないので、ヴィルヘルミナはビュザンティオンに突撃してみることにした。可能な限り怪しまれないよう、厚着をせずに済む日没後、ビュザンティオンの城門にやって来た。
城門はしっかり警備されており、出入りする人間は番兵によって一人ずつ確認されているようだった。
「その馬……まさか、ユニコーンか……?」
案の定、事情を聞かれる前から全力で怪しまれてしまった。
「ああ。だから何だと言うのかな?」
「ユニコーンを乗りこなしている人間が怪しくないわけがないだろう! 貴様、何者だ!」
「私はヴィルヘルミナ。こっちはヴェロニカ。南方帝領の大図書館に向かって旅をしている」
「名前を聞いているんじゃない!」
「はぁ……。じゃあ正直に話してあげよう。私は吸血鬼だ」
「ヴィルヘルミナ様……!?」
「吸血鬼……? 吸血鬼だと!?」
「そう言ってるじゃないか」
これもまた案の定、あっという間に騒ぎになってしまった。周囲から衛兵が集まってきて、十五人ばかりに取り囲まれてしまう。もっとも、この程度の兵士であれば問題にならないので、ヴィルヘルミナは大して焦らない。
「君達と戦うつもりはない。ただビュザンティオンを通過したいだけだ」
「いかなる事情があれ、吸血鬼などをこの帝都に通せるものか!」
「そう言われると思ってたよ」
「であれば、とっとと帰れ!」
――いきなり襲ってこないだけ、まだマシだな。
「君達が自由に海峡を渡れるようにしてくれれば、こんなところ通らなくてもいいんだけどねぇ」
「そんなことができるか!」
「やれやれ、自分勝手な連中だ」
「どうされるんですか、ヴィルヘルミナ様?」
ヴェロニカは案外落ち着いていた。どうやって海峡の向こうに行くのかを心配しているだけで、ヴィルヘルミナからの影響か、目の前の兵士たちにはほとんど怯えていないようである。
「私だけなら荒っぽい手も使えなくはないんだけど、今回は君がいるからね。交渉で解決するよ」
――ヴェロニカはただの人間だ。戦闘になるのはマズいな。
「交渉なんて、通じるのでしょうか……」
「東方正帝にはちょうど貸しがあるんだ」
ヴィルヘルミナは自信満々に微笑み、兵士たちに呼びかける。
「誰か、東方正帝陛下に伝えてくれ。吸血鬼ヴィルヘルミナが先帝コンスタンティヌスに作った貸しを回収しに来たってね」
「何を言ってるんだ貴様は」
「皇帝に伝えてもらえばわかるよ。今の皇帝が誰になってるのかは知らないんだけど」
「ヴィルヘルミナ様……今の東方正帝は、アレクシオス陛下です。コンスタンティヌス帝と言えば、直近では、二代前の東方正帝になります」
「ありがとう。ともかく、アレクシオス陛下にそう伝えてくれたまえ。さすがに二世代くらいじゃ忘れられてないだろうから」
「吸血鬼などの戯言を信じろと?」
「あ、あの……もしも本当でしたら、アレクシオス陛下の意思決定を不当に妨害した、大逆の罪に問われてしまいますよ……?」
ヴェロニカは弱弱しい声ながら、なかなか強烈な一言を放った。
「わ、わかった。皇帝陛下にお伝えする。そこで待っていろ」
ヴィルヘルミナとヴェロニカは見張られたまま、野外で暫く待たされる羽目になった。




