南方への出立
戦争が終結し、ヴィルヘルミナにとって最大の問題は、ポメレニア辺境伯領西部で暴れ回っている吸血鬼の討伐になった。
とは言え、ヴィルヘルミナは吸血鬼の捜索にはそれほど役に立たない。探知できる範囲は数百メートルに限られる。確かに普通の人間よりは遥かに役に立つが、一人ではどうにもならない。それに、ヴィルヘルミナの方が圧倒的に強いので、相手が先に気配を察知して逃げられる可能性も高い。
畢竟、ヴィルヘルミナは首都グダンツに滞在し、吉報を待つしかない状況なのである。あまりに退屈なので、ヴィルヘルミナは別の問題を先に片付けることにした。
「君をウル・シャリムの大図書館に連れていきたいんだが、構わないかな、ヴェロニカ?」
吸血鬼の血がほんの微量だけ混じり、凄まじい体調不良に陥り続けているヴェロニカを治す方法を探すべく、ヴィルヘルミナは今のうちに大図書館に向かおうと思った。
「わ、私は、構いませんが……。兄上が、お許しを、くださるなら……」
「それもそうだね。じゃあ辺境伯に話をつけてくるよ」
「お願い、します……」
そういうわけで、ヴィルヘルミナはポメレニア辺境伯アドルフに話をつけた。
「――それはよいですね。ヴェロニカを治せる可能性があるのなら、是非ともお願いしたいものです。護衛の兵をつけましょう」
「いいって。護衛なんて目立つだけだよ。余計な問題を起こしかねない」
南方帝領のウル・シャリムに向かうには東方帝領も通過することになる。ポメレニア辺境伯の兵士など連れていては、無用な疑いを掛けられかねない。
「……そうですね。ヴィルヘルミナ殿がいらっしゃれば、護衛など必要ないでしょう。ヴェロニカのことはお任せします」
――案外すんなりだったな。
辺境伯の許可も得て、ヴィルヘルミナはヴェロニカを連れ出すことにした。
「君の兄上はウル・シャリムに行くのを許可してくれたよ」
「そう、でしたか……。ですが、どうやってウル・シャリムまで行くのですか……?」
「馬に乗って行くよ。馬車なんて乗ってたら何ヶ月かかるか分からないし」
「馬も疲れますし……替えの馬を用意するのは大変なのでは、ありませんか?」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと考えてあるよ」
「はぁ……」
ヴィルヘルミナはちょっとした悪戯心で、ヴェロニカに事の仔細を誤魔化した。
ヴィルヘルミナは早々に出発した。とりあえずグダンツの外までは馬車を出してもらい、そのまま郊外の森の奥までやって来た。昼間なので、ヴィルヘルミナはこの前と同じく分厚い黒い外套を纏い、太陽光から身を守っている。
「こんな森の中で降ろしていいんですかい?」
「ああ、問題ないよ。ここまでありがとう」
ヴェロニカを背負ったまま馬車を降り、御者には帰ってもらった。ヴェロニカを近くにあった切り株に座らせる。
「それで……これから、どうするんですか……?」
「これを使うんだ」
ヴィルヘルミナが鞄から取り出したのは、白く細い角であった。
「何かの、動物の角、ですか……?」
「ああ。ユニコーンの角だ」
「ユニコーン、ですか……」
ユニコーンはそれほど珍しい動物ではないが、人間には全く懐かないことが知られている。
「これをぶんぶん振り回すと、匂いとかに釣られるのか、ユニコーンが寄ってくるんだ」
「ユニコーンに、乗っていくのですか……?」
「ああ。ユニコーンは人間にはまるで懐かないが、私は吸血鬼だ。私なら乗りこなすことができる」
「私は、人間なんですけども……」
「ユニコーンは乙女だけは許してくれるんだ。つまり処女なら大丈夫なんだけど……大丈夫だよね?」
ヴィルヘルミナが尋ねると、ヴェロニカは呆れ果てたような目をして返す。
「ヴィルヘルミナ様……。私は気にしないですけど……聞き方を考えた方がいいですよ」
「え、ああ、ごめん」
「お答えすると、問題ありませんよ」
「それはよかった。じゃあ始めようか」
ヴィルヘルミナはユニコーンの角を高く掲げて振り回した。そうすること十数分で、早くも一匹のユニコーンがやって来た。ユニコーンは基本的に普通の馬だが、その名の通り額から一本の長大な角が生えている。
「やあ、ユニコーン。ちょっと乗せて行ってもらいたいんだけ――」
と言いかけた瞬間だった。ユニコーンが頭突きをした。その角でヴィルヘルミナの胸部を穿ち、そのまま彼女を投げ飛ばしたのである。
「ヴィルヘルミナ様!?」
「ああ、大丈夫大丈夫。こんなのどうってことないよ」
即座に心臓を再生させ、立ち上がると、ユニコーンは何かを察したのか急に大人しくなった。
「なんか知らないけど、私が不死身なのを見せると大人しくなるんだよね。というわけで、行こうか」
「ほ、本当に、大丈夫ですか……?」
「君は本当に大丈夫だよ」
ヴェロニカは恐る恐るユニコーンに近づいてみるが、ユニコーンは大人しく立ったままであった。
「私が支えてるけど、しっかり乗ってね」
「はい……」
ヴェロニカを自分の前に乗せ、しっかりと抱き抱える。
「ヴィルヘルミナ様は、何に掴まらなくても、いいのですか……?」
「私は普通の人間の何十倍も生きているんだ。乗馬はどんな人間よりも上手いよ」
「なるほど……」
「じゃあ出発」
ユニコーンの腹を軽く蹴って合図を出す。間を空けず、ユニコーンはヴィルヘルミナの意図通りに走り出した。




