ドラゴン退治
ポメレニア辺境伯はトワングステに入城したが、連れてきた兵はほんの少数であり、諸種族連合軍には気付かれなかった。トワングステでは義腕の将軍ヘルヴェコナ伯ゲッツの指揮により城壁の復旧工事が進められており、魔法で石を組み上げることで概ね完了していた。
「私が不在の間、苦労であった、ヘルヴェコナ伯」
「なんのなんの。別に敵が攻めてきたわけでもないですし、退屈な工事をしていただけですよ」
「であれば、退屈な工事に苦労したのではないか。苦労を労うのは間違っていないだろう」
「ははっ、そいつは確かに。過分なお言葉、ありがたく思います」
「それはそうと、早速だが、敵のドラゴンを始末しなければならない。卿には、敵からよく分かるように堂々とトワングステを出て、グダンツに帰るふりをしてもらいたい。よいか?」
「無論です。殿下のご命令であればなんでもやりますよ」
いきなりそんなことを告げられれば、普通は理由でも尋ねるところだが、ヘルヴェコナ伯にはその気すらなかった。辺境伯に全幅の信頼を置いているのだ。
かくして、ドラゴン討伐作戦が始動した。
日が落ちた頃、ヘルヴェコナ伯は一万の軍勢を率い、トワングステから離れる動きを演じた。ちょうど城壁の復旧工事が終わったので、駐屯する兵を減らすという動きには強い現実味があった。諸種族連合軍にとっては最も望ましくない展開だ。
復旧された城壁がある限り、辺境伯軍が少数であっても攻め落とすのは困難だ。城壁を打ち壊すべく切り札を投入してくるに違いない。
「殿下! 敵の成体のドラゴンです! 五十メートル級のものが二体、迫りつつあります!」
「わかった。すぐに迎撃の用意を。ヴィルヘルミナ殿、よろしくお願いします。私は何の力もありませんので、後ろから眺めていることしかできませんが」
「別にいいよ。これは私の趣味だからね。じゃあ行ってくるよ」
「お気をつけて――と言っても、ヴィルヘルミナ殿を心配することの方が失礼ですか」
「死ぬのは気持ちのいいことじゃないんだ。心配くらいはしておくれよ」
「左様でしたか。では、どうかお気をつけて」
ヴィルヘルミナは城を出た。破壊された高射砲塔はまだ修繕されていないが、高射連装弩砲や高射投石機が地面にいくつか置かれている。そしてそれらの周囲には塹壕が掘られていた。
「吸血鬼のヴィルヘルミナ様ですね。お待ちしておりました!」
さすがにヴィルヘルミナに慣れてきたのか、現場の兵士は非常に態度よく挨拶してきた。こうした兵器を扱うのは農兵が多い。彼らも農村から徴用されてきた兵士だろう。
――そういうのはむず痒いんだけど、まあいいや。
「どうも、私はヴィルヘルミナだ。君達の仕事は分かっているね?」
「はい! あのドラゴンを攻撃し、その注意を引くことです!」
「よろしい。攻撃し終えたあとは、直ちに塹壕に隠れるんだ。誰も死なないでくれよ」
「はっ!」
兵士らはそれぞれの配置につく。
「敵のドラゴンまで、千メートルを切りました!」
「うん。対空投石機、撃ち方始め!」
用意できた対空投石機は十二門。二体のドラゴン目掛けて、炸裂弾の攻撃を開始する。
「奴の顔に命中です!」
「奴ら、怒ってますぜ!」
「こっちに向かってきてます!」
「狙い通りだね」
炸裂弾の爆発が顔に直撃しても、ドラゴンの鱗には傷もつかない。とは言え、顔の目の前で爆発を起こされるのは不愉快なようだ。ドラゴンは対空投石機を破壊しようと高度を落とす。
「全員、塹壕に隠れるんだ!」
「まだ弩砲を撃ってませんが……」
「そんなことはどうだっていいだろう! 早く隠れてくれ!」
ヴィルヘルミナは珍しく声を荒げた。兵士は塹壕に身を隠した。塹壕はただの溝ではなく、その奥に小さな部屋のような退避壕があり、ヴィルヘルミナを除く全員がそこに身を隠した。
「さーて。やってやろうじゃないか」
人間とは比べ物にならない、圧倒的に巨大な怪物。人間など軽く丸呑みできそうな巨大な口がヴィルヘルミナに向かって開き、次の瞬間、彼女の視界は橙に染まった。ドラゴンが火を噴いたのである。
ヴィルヘルミナは一瞬にして黒焦げになった。普通の人間なら即座に死ぬので、ドラゴンはすぐに火の吐息を止めた。兵士は皆無事であったが、周囲にあった連装弩砲や投石機は一瞬で炭になってしまった。
もちろん、ヴィルヘルミナがただの火傷で死ぬはずはない。だが、切断されるのとでは損傷の質が異なる。
――中途半端に残っていると、再生が遅れる……!
火傷によって肌や肉が炭化した状態。再生するには不要な部分を切り捨てる必要があり、粉々にされるより再生が遅れるのだ。ヴィルヘルミナが動けない間にも、ドラゴンは猛烈な風を吹かせながら急降下してくる。隠れた兵士たちを塹壕ごと粉砕しようとしているのだ。
――再生を待ってる時間はない……!
筋肉までしか再生していない状態で、足元に埋めてあったものを掘り出す。対空投石機で使われている砲丸である。
「こいつを喰らえ!」
先程まで火を噴いていた口は、冷却のためか、まだ閉じられていない。ヴィルヘルミナはドラゴンの口の中に向かって炸裂弾を投擲した。ドラゴンの口腔はまさに目の前。
炸裂弾はヴィルヘルミナの手を離れてすぐドラゴンの口に入った。ドラゴンは異物を感じて口を閉じようとしたが、それが逆効果だった。
対空炸裂弾は広い範囲の敵に損害を与えるために、可能な限り強力な爆発を起こすよう製造されている。口の中でそんな爆発が起これば、さすがのドラゴンでも無事では済まなかった。
閉じ込められた爆発はまるで、ドラゴンが火を噴いているように見えた。ヴィルヘルミナも爆発の衝撃波に巻き込まれ吹き飛ばされたが、特に問題はない。
ドラゴンは、そのままの勢いで墜落した。巨体が地面を抉り、まるで川底のような凹みが残った。ドラゴンはピクリとも動かなくなった。
「や、やりましたね!」
「ああ。一匹はこれで仕留めた。残りはあいつだけだ」
「し、しかし、同じ手に乗ってくれるでしょうか?」
「エルフがそんな馬鹿な連中だとは思えないね」
一体は奇策で仕留めることに成功した。だがもう一体に同じ手は通用しない。




