絶望的な会議
唯一の都レムリアへの遠征から帰還した北方帝領諸侯であったが、本当の問題はこれからであった。北方帝が不在という異常な状況にどう対応すべきか――少なくともそれを定めた規則は存在しない。現皇帝家の世襲が長く続き過ぎた弊害である。
諸侯はひとまず、帝都ウィンドボナに集まって会議を開くことにした。普段から帝国議会議事堂として使用されている半円形の議場に、北方帝領諸侯のほとんどすべてが参集した。議長はヴィアドルス宮中伯コンラートであるが、もちろん決定権などは付与されていない。
「ええ……北方帝領の諸侯の皆々、こうして話し合いの席についていただき、感謝する」
ヴィアドルス宮中伯は早速、会議の開始を宣言した。どういう正統性から開催されている会議なのかすら定かではないが、ともかく話し合わなければ何も始まらないと言うことについてだけは、諸侯の認識は共通していた。
「しかし……何から話せばよいものか……」
宮中伯はぶっつけ本番である。台本など用意されていない。
「話すべきことなど一つしかなかろう! 北方帝に誰が相応しいか、今この場で決めるのだ!」
と、元皇太子フリードリヒは強圧的に訴えた。北方帝に即位できなかった鬱憤をぶつけているかのようである。現在の肩書きは皇太子などではなく、皇帝家が大昔に名乗っていたユヴァウム伯に過ぎない。席次において宮中伯に遥かに劣る。
「ま、まあ、その通りだ。しかし、決めるにしても、まずはどう決めるのかから考えねばな……」
「前にも言ったが、選挙で決めればよかろう! 儂が選ばれなくとも構わん。皇帝選挙こそ最も手っ取り早いし、諸侯も文句もないであろう」
「選挙か……。確かに、ゲルマニア民族に伝統的な制度ではあるが……」
「果たして現実的かどうか、ヴィルヘルミナ殿に聞いてみましょう」
と、北方帝領最大の諸侯ポメレニア辺境伯アドルフは言った。千年以上を生きたヴィルヘルミナの経験がこのような場で役に立つのは間違いない。辺境伯自身は今のところ、何も主張する気はなさそうである。
ヴィアドルス宮中伯はヴィルヘルミナの発言をすぐに認め、ヴィルヘルミナは堂々と発言することができた。北方帝ジギスムントが影武者であることを見破った彼女は、悪名によるものか功名によるものか、顔だけはよく知られている。
わざわざ演壇に行くのも面倒なので、その場から発言した。
「まあ何から話せばいいのかわからないが、まずもって、選挙王政はそんなにゲルマニア民族の伝統ではない。まあそういう部族も一部はいたけどね。どっちかと言うとレムリア的なやり方だ」
「北方帝領はレムリアの一部でもあるのだ! 何も問題はないではないか!」
「歴史的な正統性はどうでもいいよ。それより現実的には、どう選挙を行うべきかが問題だ」
「と、というと……どういうことかな?」
「レムリア的なやり方を採用するなら、北方帝領の民全員を対象にして選挙をしなければならない。あるいは一部ゲルマニア民族的なやり方なら、一部の大貴族だけで決めることになる。つまり、まず誰に選挙権を与えるかというのが問題になるね」
「ふむ。貴族だけに選挙権を与えるではいかんのか?」
と、帝国第二の諸侯、歳の割に非常に元気な老人フランク公カールは尋ねる。
「どこからどこまでが貴族なんだい? 国の端っこで数十人を統治しているだけの騎士も貴族ではあるんだ」
「なれば一定以上の実力を持つ貴族のみを参加させればよいのではないか?」
「それが上手くいくとは思えないね。選挙権を与える基準を設けるとして、どうやってそれを決めるんだい?」
身分とはそう明確に区切れるものではない。貴族なのかすら怪しい層も無視できないほどに存在する。そして貴族の中でもその実力や地位は連続的で、どこから選挙権を認めるという基準を定めるのは現実的ではない。
「誰もが納得できる基準など決められるわけがない、か。ポメレニア辺境伯の飼い犬の割に、賢いことを言うではないか」
「私は辺境伯と協力関係にあるだけなんだが、問題は理解してもらえたようでよかったよ」
「み、皆も、おおよそ話はわかったか?」
ヴィアドルス宮中伯に促され、ヴィルヘルミナは諸侯からの質問や文句にいくつか答えた。少なくともこの問題提起自体は、元皇太子フリードリヒを含め、ほとんどの諸侯に受け入れてもらうことができた。
「仮に選挙権を与える貴族の基準を決めたとて、次は票の配分が問題になろうな」
帝国第三の諸侯、何を考えているのか全く顔に出さないラエティア大公オイゲンは言った。要するに、大貴族でも小領主でも同じ一票なのか、それとも地位と実力に応じて票を与えるのかという話である。
「さて、どうするのかな? こんなことを言っておいて何だが、選挙以外で皆が納得できる手段なんてないと思うけど」
――平和的に解決してくれれば嬉しいが……決裂になる可能性の方が高いだろうな。
この会議を成功させるのはあまりにも難しい。仮に諸侯が全員平和主義の善人だったとしても、合意を得るのは困難だろう。




