力の基準
「では、儂から言わせてもらおう」
元皇太子フリードリヒがヴィアドルス宮中伯に発言の許可を求めた。宮中伯はもちろん許可した。
「選挙権を誰に与えるべきかという件は、帝国議会に参加できる者でよかろう」
「帝国議会って何だい?」
「吸血鬼は黙っておれ――と言いたいところだが、まあよい。帝国議会はここ百年ばかり、皇帝家が有力な諸侯を集め、北方帝領の統治に関して話し合う議会だ」
「最近できた制度だったか。確かにちょうどよさそうにも思えるけど……諸侯がそれで納得するかな?」
「何だと? これ以上によい案があるものか!」
――まったく、そうやってすぐに怒るから、北方帝になれないんだ。
「帝国議会に参加する諸侯は、皇帝家が選んだ者であろう。いや、元皇帝家と言うべきか」
フランク公カールは言った。
「だからどうしたと言うのだ!」
「今や皇帝家の信頼が失墜しきっていることは疑う余地もない。それが受け入れられるとでも思っているのか?」
「皇帝家は断じて特定の家を贔屓していない! 議会に参加するべき諸侯を分け隔てなく招待してきた!」
「ならば、その具体的な基準を示してもらおうか?」
「基準だと? ……そんなものは、ない」
「そうであろう。結局は時の皇帝の独断に過ぎん。そんなものを認めるわけにはいかんな」
「クッ……」
仮に皇帝家が具体的な基準を元に公平に諸侯を招待していたとしても、皇帝家が決めた基準を採用するのは今や論外である。ましてやその基準すらないのであれば、フリードリヒの提案が受け入れられる余地はない。
「――ど、どうやら、皆もこれについては異論はないようだな。他に提案はあるか?」
「儂から話させてもらってもよいかな」
フランク公は今度は自分から主張する。
「あ、ああ、もちろん」
「当家としては、騎士役地を基準にするべきであると提案する。その具体的な基準は議論の余地があろうが、概ね百人程度であろうな」
騎士役地とはつまり、その領地で何人の騎士を養えるかという数字である。諸侯の国力を比べる時に最も基本となる数字であるし、領地の授受でもこれが目安とされる。
「なるほど……。騎士役地によって基準を定めることについて、異論がある者はあるか?」
宮中伯は尋ねた。
「国力を基準にしては大貴族だけしか残らないのでは?」
「そうだ! 結局は大貴族の談合ではないか!」
選挙から排除される可能性がある小貴族たちは早速、国力を基準に使うことそのものに反対した。
「そ、それは……」
「どこまで選挙権を与えるかは、また別の問題です。まずは何を基準にするべきか決めるのが先決でしょう。領地の大小によって不公平が生まれることを、私は望みません」
ポメレニア辺境伯は穏やかに宣言した。北方帝領最大の諸侯のお墨付きを無下にするわけにもいかず、彼らは議論を進めることを渋々認めた。
しかし、今度はラエティア大公オイゲンが声を上げた。
「私は騎士役地を使うことに反対だ。第一に、騎士役地は必ずしも公平ではない。商業的に豊かな地域であれば高く出る傾向がある」
一人の騎士を養うのに何人の農民が必要かは、地域によって差がある。およそ400から600の幅である。
「第二に、騎士役地は必ずしも実際の国力を示すものではない。場所によっては二百年前の数字をそのまま使っていることもあろう」
領地の評価額はおいそれと変えられるものではない。貴族間の序列に影響を与える可能性があるからだ。よって開墾や産業の振興によって国力が増していても、公的な騎士役地には反映されていない可能性が高い。
「ま、まあ、確かに……。フランク公は、何か言いたいことはあるか?」
「無論だ。騎士役地の不公平さは、問題ではないどころか利点である。選挙権を得るか否かは人口ではなく、国力によるべきである!」
「フランク公国は貿易で儲けているだけであろう。そのような不安定な収入を、国力などと呼ばないでもらおうか」
実はラエティア大公国の方がフランク公国より人口は多い。だが海に面するフランク公国は貿易で莫大な利益を得ており、それをもって第二の諸侯と称される。
「貿易をしない国がどこにある」
「私は貿易を否定しているのではない。国力とはあくまで領民からの年貢であろう。それに、騎士役地が実際の騎士の動員人数を反映していないという問題は、言い繕えまい」
騎士役地の数字がそもそも信用できないという問題については、フランク公も言い返すことはできていない。
「だからと言って、騎士役地以上に国力を反映した数字はあるまい。他に使える数字があるなら教えて欲しいものだ」
「騎士役地が信用ならないからには、私は国力ではなく人口を基準にするべきだと思うがね」
「ふん。今から調べるとでも?」
フランク公は嘲笑うように言った。領内の人口を精確に把握している諸侯は恐らく存在しない。貴族にとって重要なのは村落から規定通りの年貢を徴収できることであって、そこに何人住んでいるかなど知る必要はないのだ。
「騎士役地とて同じこと。今から全国に渡って調べ直さねばな。もっとも、北方帝が不在の中でそのようなことができるとは思えないが」
「であれば、人口などを調べる方が余程手間だろう」
「どちらも不可能だな。誰もが納得できる基準など、用意できるはずがない」
議論はますます停滞してしまった。一方、フランク公とラエティア大公が言い争いしている間、ポメレニア辺境伯はなおも静観を続けていた。まるで演劇でも見ているかのようである。




