ラエティア大公
「うーん……。事情とは何ですか?」
「簡単に言い表せるものではないな」
「もしかして、ろくに家臣の統制も取れていないのですか? それならば納得です」
「封臣らは私の命によく従ってくれている」
「ではどうしてですか?」
「世の中は複雑なのだ。一言で言えたら苦労はしないのだよ」
ラエティア大公は偉そうに頬杖をつきながら、ヴァルシュヴァ伯の追及をのらりくらりと躱し続ける。まともに答える気はなさそうだ。
「困りましたね……」
ヴァルシュヴァ伯はペガサスを降りた。
「もしも殿下が動いてくださらねば、殿下ご自身の身も危なくなりますよ? わかっていらっしゃいますよね?」
言いながら、腰の剣を抜いた。ラエティア大公に向けはせず、刀身を拭いているだけだが、明確な脅しである。もちろん直接に剣で脅すつもりはないが。
「これは驚いた。フランク公とポメレニア辺境伯は混乱に紛れて気に食わぬ貴族を暗殺しようとしているのか」
全く感情の入っていない声で、しかし強力にヴァルシュヴァ伯を掣肘する。
「――いえいえ、まさか。そんなことは決してありません。わたくしも殿下も、今だけは仲間ではありませんか」
「そうは思わんがな」
「ではまさか、殿下は混乱に紛れてランゴバルドに寝返るおつもりなのですか? それなら今の動きも納得です」
「下らんな。この戦い、ランゴバルド軍が勝つことは万に一つもありえん。わざわざ負ける側に寝返る阿呆がどこにいる」
「勝ち馬に乗りに行くとは、意外と普通な方なのですね」
「普通でないことが美徳だとでも?」
ラエティア大公は眉を顰めた。
「まあ、この状況で二の足を踏んでいる大公殿下は、普通ではないなぁと」
ヴァルシュヴァ伯フリーデは精一杯に煽ってみたが、やはりラエティア大公オイゲンに感情へ訴える論法は通じないようであった。ヴァルシュヴァ伯が選んだ次の手は、押してダメなら引いてみる、であった。
「――はぁ。もういいです。ラエティア大公殿下のご助力なくとも勝てはします。天下の臆病者と見なされ帝位争いに介入できなくなることも構わないのでしょう」
実際、本当に最後まで参戦を拒んだとしたら、ラエティア大公は北方帝領の政治に介入する力をほぼ完全に喪失するだろう。
「元より当家は、フランク公の命令も、ましてポメレニア辺境伯の命令も受けん。その要請を拒否したとて、何の不義理になる?」
「確かにそうかもしれませんが、大貴族は殿下を除いて皆参加していますし、その言い訳は通らないのでは?」
「それはどうかな」
「はぁ……」
断定を避けて話の腰を折ろうとする大公の態度に、ヴァルシュヴァ伯はいい加減うんざりしていた。
「我が軍が参戦しなくてもいいのなら、もうこれ以上話すことはない。今すぐ去れ」
「あら、参戦される気はあるのですか?」
「フランク公が負ければ本土に帰れないのは、私も同じこと。戦いを拒んでいるわけではない。無論、戦への備えは万全だ」
「でしたら、とっとと攻撃を仕掛ければよろしいのに」
「魔導通信だけで話が通せたと思うな。我が軍の助力を乞うのであれば、フランク公かポメレニア辺境伯が頼みに来るべきであろう」
「なるほど。それが本音ですか」
ラエティア大公は帝国第三の諸侯、つまりフランク公とポメレニア辺境伯を除けば一位である。しかも大公の称号を帯びており、名目上はフランク公より偉い。面子の問題が第一、そして自分の価値を演出したいのが第二というところだろう。
「その程度、造作もないことであろう」
「殿下のお望みはわかりました。そのいずれかを連れて参りましょう。それではまた」
ヴァルシュヴァ伯はペガサスに乗って飛び去り、そしてわずか十分ほどでポメレニア辺境伯を乗せて戻ってきた。その早さには、さすがのラエティア大公も目を丸くしていた。
「随分と早く戻ってきたな」
「ええ。時間を無駄にする余裕はありませんからね」
「こんばんは、大公殿下。ポメレニア辺境伯アドルフです」
辺境伯は素早くペガサスから降り、椅子に座っているラエティア大公の前に出て一礼した。
「早速ですが、大公殿下のお力をお借りしたい。殿下の兵が加われば、いよいよ敵の戦線を突き崩すこともできます。どうか、お願い申し上げます」
特に躊躇することなく、辺境伯は腰を低くして頼み込み、恭しく頭を下げる。帝国最大の諸侯が頭を下げている姿を前に、ラエティア大公の家臣などは息を呑んでいた。
もっとも、ポメレニア辺境伯自身は戦争の遂行にしか興味がなく、頭くらいならいくらでも下げてやるつもりであったが。
「ポメレニア辺境伯ともあろう者が直々に頼み込んできたとなっては、動かざるを得まい。我が軍も総攻撃に加わろう」
「ありがたきお言葉。どうぞよろしくお願い申し上げます」
ポメレニア辺境伯が自ら頼み込んだという事実。それこそがラエティア大公にとって最も重要であった。ラエティア大公の兵三千は、ランゴバルド軍に総攻撃を開始した。




