中央突破
およそ五十騎のペガサス騎兵が急降下し、地上の騎馬隊と息を合わせて突撃する。兵らが斜め上に向けた槍衾はほとんど役に立たなかった。元より槍で斜め上の敵と戦う訓練などしていないし、一気に高度を落としたペガサス騎兵の瞬間的な速度は矢にも迫るものであった。
ペガサス騎兵が携えるランスが、最前線の槍兵を貫いた。一人を貫くに留まらず、三人ばかりを一気に貫いたり、あるいは投げ飛ばされた死体が後方の兵を巻き込んだりして、彼らが突入した場所は酷い有様である。
一撃を喰らわすと折れたランスを投げ捨て、ペガサス騎兵は再び上空に飛び去った。
「ど、どうするのだ……!?」
「被害自体は大きくありません。このまま持ちこたえましょう」
ペガサス騎兵は非常に強力だが数が少ない。兵らはまばらに吹き飛ばされていた。とは言え、それによって全体的な統率が乱れているのは確かだ。防衛線が途切れ途切れになってしまっている。
「敵の騎兵が来ます!」
「さ、柵を使うのだ! 柵で受け止めよ!」
平地では最も恐ろしい戦術――ランスによる突撃は、柵で防ぐことができる。だが、敵軍もそれは当然わかっており、すぐさま馬を降りて柵を乗り越え始めた。
「乱戦になります。ここからは数に勝る我が方が優位かと」
「そ、そうだな……」
「陛下! あ、あちらに、化け物が!!」
「何!? ま、まさか吸血鬼か!?」
「わかりませぬ!!」
「あれです、陛下!」
「ッ……」
ランゴバルド王アストルフォは目撃した。柵の上に立ち、死神のような大鎌を両手に持ち、兵らの命を無慈悲に刈り取る悪魔のような姿を。
○
「さあ、死にたい奴から掛かってくるといい! 死にたくなければ今すぐ逃げることだ!」
「あ、悪魔め!!」「吸血鬼を討ち取れば、褒美は弾むぞ!」「心臓を狙え!!」
――まったく。どうしてそんなに死にたがるのか。
月光に照らされた吸血鬼――ヴィルヘルミナは全く乗り気ではなかったが、しかし手を抜くことはない。警告してもなお戦おうとする者に容赦するほど優しくはない。
「では……全員まとめて始末してあげよう!!」
柵から飛び降りながら、両手の鎌を草刈りでもするように振り回す。血族の始祖に等しい力で振り回される鎌を前に、普通の鎧などまるで役に立たない。あるいは首を斬り落とされ、あるいは胴体を両断された。一瞬にして六人の命が散った。
「逃げるな!! 戦え!!」「く、クソッ……!!」「囲い込んで追い詰めろ!!」
「はぁ……。やめて欲しいんだけど、そういうの」
この辺りの兵士は伯爵か子爵くらいの貴族が指揮しているようだ。最前線に出てくるだけマシだが、早々に勝敗をはっきりさせたいヴィルヘルミナにとっては非常に厄介な相手である。
「死ねぇぇ!!」
「おっと、失礼」
ヴィルヘルミナは、彼女を殺しにかかっている十名ばかりの兵士を飛び越え、少し後方で馬に乗って指揮を執っている貴族に飛びかかった。
「ひ、ひぃぃぃ!?」
「すまないが死んでもらう」
鎌の先端を貴族の首に突き刺し、一瞬で殺害した。勢い余って彼の首はもげてしまったが。
「さて。これでもまだかかってくるかい?」
「……に、逃げろ!」「もう知ったこっちゃねえ!!」
――よかった。
『主君の主君は主君に非ず』とはよく言ったもの。直属の主君が死ねば、よほど手柄を上げたいものを除き、それ以上戦う理由は彼らにはないのである。
「ヴィルヘルミナ様! ご無事ですか!」
ヴィルヘルミナの周囲から人が逃げていくのを見て、シルヴァを背負ったヴェロニカが駆け寄ってきた。
「私は無事に決まっているだろう。これで戦況が傾けばいいんだが……」
「一カ所の崩壊が全体の崩壊に繋がることはある。でも、今回はそこまで都合がよくはなさそう」
シルヴァが淡々と告げる。混乱を波及させたいヴィルヘルミナの目論見は、あまり上手くいっていないようである。
「バラバラに動いているから、混乱もむしろ波及しにくいか……。今のところの全体の戦況は?」
「私が見た限り、優勢ではあるけど、押し切れるほどじゃない。このままだと敵の増援が来て膠着する」
「アダマースの鎧も白兵戦じゃそんなに役立たないか」
ヴィルヘルミナとしては、今回のランゴバルド軍にそれほどの士気はないと期待していた。今回の裏切りは明らかに突発的な行動だからである。
「シルヴァさん、この前のように死体を氷の槍で串刺しにして、見せしめにするのはどうでしょうか?」
「……君、そんなことを言うんだね」
「変でしょうか?」
「まあいいや。それは正しい。この混乱の中じゃ、実は最初から死んでいたなんてわからない」
「せっかくですし、そこでお亡くなりになっている方の死体を使わせてもらいましょう!」
「あー、うん。そうだね。ポメレニア辺境伯の飼い犬にこき使われるのは癪だけど」
「そ、それは……」
「君だってこんなところでフランク公が死んだら困るんじゃないかい?」
「……わかってる」
死体に対する敬意が全くないヴェロニカにやや引きつつも、合理的な策であることには間違いないので、シルヴァは早速、散らばっている死体を串刺しにした。




