第四十五話「砂被り姫のこれから」後編
カ・イリから貰った服に着替えたロゼッタは、族長屋敷の離れに通された。氏族間で使者のやり取りをするとき、宿として使われる場所だ。
「まだちょっと、左手が痺れるかな」
完全に取り去ることはできなかった。しばらくは体の自己回復能力に任せるしかないだろう。幸いにも、残った毒は薄い。
休もう、そう思っていた時、扉が開く――カイロだ。
「ロゼッタさんも、ここに詰め込まれたんだね」
「カイロさんもお風呂入ってたんですね」
「入ったと言うか、投げ込まれたというか……」
しかし、おかげで彼も痺れは消えたようだ。
少し疲れた様子で彼も腰を下ろす。
「母さんから、これからのことをゆっくり考えろって言われたんだ。確かに、考えることはすごく多い」
カイロは手に持っているものを机に載せる。カ・イリから渡されたのか、食べ物が入った籠を見ると、ロゼッタの腹がぐぅ、と鳴る。
籠の中のパンを取り出しながら、二人はこれからのことを考える。
「私がカエルムの名を取り戻し、カイロさんと一緒にアミーポーシュ領に帰る。そのあと、メイベリアン研究がどう進むのか」
「帝国との和平が実現した今、交易はできるし、研究者の派遣もしやすくなる。僕らが移動する機会も増えるだろうね」
「その分、お仕事は増えそうですね……」
『ル・ビュー』は続けていきたい。需要があるのかないのか。そもそもこれからも続けていけるのかどうかわからない。
けれど、あの店は、二人が出会うきっかけだったのだから。
「大切な思い出の場所ですもんね」
「……実を言うとさ。僕は、ロゼッタさんの好みはシャルル閣下みたいな人なのかって思ってた」
「え……? ど、どこからそんな憶測が?」
「ううん、根拠とかはないんだけど、女性ってあんな感じの強い男性のほうがいいのかなって。ほら、自信たっぷりで、堂々とした人だから」
「人によりますね。私はカイロさんみたいなふわっとした人がいいので」
好意を言葉にするのは、今までと意味合いが違う。妙な気恥ずかしさが溢れるけれど、口にするときに幸福感で満ちてくる。
「今思えば、マリヤちゃんも、カイロさんのこと好きだったんですよ」
「マリヤが? はは……あまり会いたくないな」
「彼女に、私ライバルだって言われていたんです。つい今しがたまで、理由も知らず忘れていましたが」
「じゃあ、君の完全勝利じゃないか」
「『ル・ビュー』に帰ったら、マドレーヌ様の次に報告しないと、ですね」
「……その前に僕は、カエルム卿にご挨拶、だね。ただでさえ、君がうちで働くっていうときには、きちんと挨拶してなかったのに」
そう言ってカイロは額を抑える。どんな時代、どんな国だろうと、子どもを持つ親の心に変わりはない。そして、親元を離れていくときの寂しさも、変わらない。
「お父様なら大丈夫ですよ。カイロさんのこと、信頼しているはずですから」
「がんばるよ、ちゃんと責任をとれるように」
「その責任は、私も一緒に背負うものですから。これから、先も」
考えることは多い。
けれどそれが未来のことであれば、楽しくなってくる。
その一瞬、一瞬が、大切な思い出にもなる。
重ね合わせた手のぬくもりが、これからの幸福を、期待させてくれていた。
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