第四十五話「砂被り姫のこれから」前編
メイベリアンに風呂の文化はない。
むろん、乾燥地域である帝国にも風呂を作る習慣はない。一方で湿気の多いメイベリアン領でも、風呂を自分たちで作るのではなく、山に点在する温泉を利用しているので、湯浴みの習慣はある。
砂塗れになった二人を連れてカ・イリが訪れたのは、集落に一番近い温泉だった。
「温泉がこんなに近くにあったんですね。知らなかった……」
「体を拭くにも、運んできたお湯を桶に入れて使ってもらってたからね。温泉は他氏族にすら使わせたことは、ほとんどないんだ」
つまり、ロゼッタは同氏族としてカ・イリから認められたと言うことだ。痺れの残る体で、一人温泉に浸かるのは危険だ。カ・イリが脇を支え、ゆっくりと湯船に付ける。
「その昔、当時のカ氏族長が神聖刻術を使って作った温泉でね。ヘビやクモの毒にやられた奴をここに着けておくと、それが治るんだ」
「温泉に、特殊な力を与えているんですね」
その温泉は岩を挟んで向こう側にも湯気が立っており、別の温泉がある。
ザボンッ! と、激しい音を立てて誰かが投げ入れられた。
「男衆に、カイロが投げ入れられたようだね」
「……溺れてないですよね?」
「溺れるほど深くもないし、そんなことをするほどあいつらも馬鹿じゃないさ」
ロゼッタの青い髪に付いた砂を洗い流しながら、柑橘系の香油を塗っていく。
「帝国じゃあ、温泉もないし、風呂も、娼館か鉱夫の汚れ落としにしか使わないかな」
「公衆浴場や、屋敷に汚れを落とすための水場くらいはありますが、こうした温泉というものはありません。山が遠いせいですね」
「月に一度でいいから入りに来なさい。体中すっきりして、傷や病気もよくなるから」
暖かいお湯に浸かっていると全身がふやけていくような感覚がする。傷口にお湯が沁みるかと思ったが、むしろ目に見えて擦り傷が消えていく。同時に、動かなかった手足に感覚が戻ってきた。
「あの子が、少し大きくなって帰ってきたと思ったら、突然ロゼちゃんを連れてきて、私はずいぶんびっくりしたよ」
「カ・イリさん?」
「この子にもいい人ができるような歳になったんだなって嬉しさと寂しさが混ぜ合わせで、本当に大丈夫かって心配が膨れ上がった」
「心配、おかけしてばかりですものね」
突然やってきたと思えば、ダ氏族に交渉を申し込みに行きたいと言い、再会した時は変な奴らに襲われており、そしてまた死にかけて。
「そんなあなたを、あの子は本気で大切に思っていた。あの子にそんな風に思われているんだもの。私がいくら心配しようが、あの子は変わらない」
だから、任せることにした。
「任せたよ。ロゼちゃん」
「はい、もちろんです!」
その後、痺れが完全にとれたところで半分のぼせながら、ロゼッタは温泉から引き揚げられた。
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