第四十二話「砂被り姫の後始末」後編
「シュテサル……!」
「参加者の中に、紛れ込んでいたのか」
階段の上にいたのは、宮廷伯息であり、今やお尋ね者となったシュテサルだった。
驚愕する二人の視線に、どこか恍惚とした笑みを浮かべる。
「さすがに四十人も労働者がいれば、一人くらい増えても気づかれないものだな」
「わざわざこんなところに来てまで、することが私を足蹴にすることですか!?」
ロゼッタの問いかけに、シュテサルはゆっくりと息を吐いた。ランプに照らされた顔にしわが刻まれ、浮き上がった血管が溝を作る。
「そんなことで満足するわけないだろう! 馬鹿か貴様! お前のせいで俺が何を、どれだけ、どこまで失ったと思う!? 想像できるか? 俺の物だったはずの何もかもが急にお前の物ではないと告げられ、生活が一変し、下げたくもない頭を下げなくちゃならない毎日! 吐き気が止まらない!! 金を稼ぐために苦心するなど、不快の極み!!」
唾を吐き出すほどに怒りを込めて、シュテサルが叫んでくる。これまで帝都の名のある貴族として暮らしてきた彼にとって、家を失うことは人生を失うことに等しい。
これまでも騒動はいくつも起こしてきたのだろう。それも全て自分の有利なように解決できてきたはずだ。だが、今回はそれがうまくいかなかった。結果、取り返しのつかない事態にまで発展してしまった。
「婚約破棄はお互い納得の結果ですし、その後のあなたの醜態は、あなた自身の選択でしょう? それに、結果的に追放されて、自分で生きていくためにきちんと働いています。宮廷伯の地位とて、労働の対価でしょう?」
「働く意義が違う! 偉大なる帝国のためにあることと、平民どもと同じ場所に立つことは文字通り天地の差がある! 俺は! 次の!! 宮廷伯だったんだぞ!!!」
「その地位を、一時の感情でかなぐり捨てたのはあなたです」
この状況でも、ロゼッタは決して挫けず、阿ることはない。敗北が国家の危機に直結する辺境伯の娘として育てられた気概は、追放されて数か月、一欠けらも失われていない。
むしろ、反論されたシュテサルのほうが、威圧されていた。だが、自分が有利な立場にあると思えば、薄ら笑いを浮かべて、平静を保つ。
「だったら、その気高さでここから脱出するといい。ほら、これをやろう」
そう言ったシュテサルは、何かを下に向けて放り投げる。拳大の、何か丸いもの。ころころと転がったそれは、煙を放ち、高い音を立てる。
「西側が帝国との戦争で使った毒花兵器があるそうでな。残った私財で、ようやく一つ買えたんだ。ゆっくり、苦しんでくれ」
「ま、待て!」
「後始末はオーディムにでも任せるとしよう」
カイロが階段を駆け上がり、シュテサルを止めようとする。だが、扉は無惨にも閉じられていく。ランプは階段から落ちた時に壊れてしまった。下階層に通じる扉が閉じられると、暗闇に包み込まれる。
扉を押し上げようとカイロは踏ん張るが、先ほど開いたはずの扉があかない。
上に何か乗っているのか。それとも先ほど言った毒花とやらのせいか。
「母さんたちが、助けに来てくれるまで、耐えられるかな……」
カイロの言葉に、ロゼッタは答えられなかった。
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