第三十八話「砂被り姫の救援」前編
国境付近の村で交戦状態に入ったロゼッタは、騎士たちに連れられて、防戦状態に陥った。
シュテサルが連れてきた傭兵たちは、ほとんどが帝国の西側から来た者たちで、メイベリアンの血筋など欠片も入っていないだろう。
それでも長年戦争を経験し、その身に傷を刻んできた者たちであることに変わりはない。
「さっさとあの小娘を捕まえろ! 十人程度の騎士に何を手間取っている!」
「戦争を知らねぇ坊主は黙ってろ! 忘れなんなよ、辺境伯の娘を無傷で捕まえりゃあ追加報酬、用意しとけ」
騎士たちの壁の向こうから聞こえる会話に、馬車の中でロゼッタは臍を噛む。この愚か者と、自分のせいで多く者が危険に晒されている。
そう考えると、申し訳なさで居た堪れなくなる。
騎士たちの防御陣は、決して厚くはない。敵の数も多い。近づきつつある刃を防ぐ手立ては、彼女にはない。
「みんな伏せて!」
「報酬はいただいた!」
馬車が大きく揺れる。飛びついた誰かが、馬車の扉を叩き、刃を突き立てる。
調査員の一人の頭があった場所を、刃が通り抜ける。ロゼッタがとっさに引っ張っていなければ、そのまま一人の命を奪っていただろう。
扉を開き、その目にロゼッタを捉えた。
「助けて、カイロさん……!」
その腕が、ロゼッタへ向けて伸ばされて――。
――止まった。
ロゼッタの目の前に迫りつつあった手が、ゆっくり離れていく。
馬車の外へと勝手に放り出され、そのまま地面へ落ちて遠退いていった。助かったのだ、そう思うのも束の間。どうして、という疑問に、ロゼッタは窓の外を見た。
「お嬢様、頭を下げないと、危ないですぞ!」
同乗者の言葉を無視して窓の外を見れば、土煙を上げて近づく影に気づく。ウマ、だけではない。シカ、イノシシに乗った者もいる。
その髪色は、どれも紫。革製の鎧、目元を覆う木製の仮面と、金の装飾。
先頭を走るクマの上にいるのは、誇り高きカ氏族の長。
《メイベルの子らよ、カ氏族の名に懸けて、我らの友を救うのだ!》
雄叫びが戦場を支配する。メイベリアンの戦士たちは誰よりも早く平原を駆け抜け、悪鬼どもに飛び掛かる。
騎士たちが唖然とする中で、シュテサルの傭兵たちは襲われ、倒れていく。
さらに一部の戦士たちは防戦する村へと向かっていく。
「どうして、メイベリアンの人たちが、こちらに……?」
「うちの息子が、助けに生きたいと言ってね。式典前の準備運動さ」
停止した馬車に、クマに乗ったカ・イリが並ぶ。仮面を外した女族長は、肩をすくめた。
「カ氏族長イリ! どうしてあなたがここに!?」
「今言ったでしょう。それより、ケガはない? あの子、道中もう心配で心配で、倒れっちまうんじゃないかと思ったよ」
「母さん! 余計なことはいいから……」
母の言葉を遮ったカイロの顔は、朱く染まっていた。その顔が、ロゼッタを見つけたことで綻ぶ。旧帝都で魅せたような、心から安堵した時のものだ。
「よかった、間に合って。また、僕自身の手では、ないけれど……」
「でも、皆さんを連れてきてくれたんですよね」
嬉しそうな顔をしながら、どこか悔しそうに頷いた。できることなら、自分が颯爽と助けたかったのかもしれない。
尤も、そんな姿は、単なる骨董品店の店長で、考古学者である彼には、似合っていないのだろうけれど。
「ありがとうございます、カイロさん」
助けに来てくれた。それだけで、ロゼッタには嬉しくてたまらなかった。
そして間もなく、騒乱者たちは鎮圧された。
紫の髪の勇者たちは、誇らしげに雄叫びを上げることもなく、粛々と立ち去っていく。
彼女らが目指すべきは、帝都であった。
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