第三十八話「砂被り姫の救援」後編
ロゼッタに案内されたカ氏族たちは、一度カエルム領へ寄ってから、帝国への道を進む。
アレク・フォン・カエルムが交渉をまとめた相手だ。彼に連れられていなければ、帝国への侵略と取られてしまう。
「領民たちを救っていただいただけでなく、あの子も助けてもらうとは。借りが増えてしまいましたな」
「気にする必要はない。これから交渉事が増えるのだ。その時に返してもらえばいい」
カエルム邸の応接間に通されたカ・イリは、アレクから謝辞を受け取っていた。
先ほどの騒動すら、今では単なる笑い話にしかならない。これ先の大変さを考えれば、些末なことだったと、のちに思うことになるだろう。
「そんなことより、私はあの子の方が心配だね。ロゼッタは落ち込んでいないかい?」
「さすがに、此度のことはことが大きすぎましたかな」
「一目散に逃げていった敵の大将を、私らが仕留めていればよかったんだけどね」
戦いの後、戦場に残った亡骸や、捕らえた敵兵たちを検分した結果、シュテサルの姿はなかった。おそらく敵の増援が来たと知った時、真っ先に戦場から離脱していたのだろう。
宮廷伯にはその旨を手紙にしたためて送ったが、すでに勘当同然の状態だったこともあり、正式に指名手配されることになるであろう。
「奴の存在を、これ以上気に病む必要はない。だが、発端を考えた時、あの子は気にするだろう」
ため息をつくアレクに、カ・イリは何か思いだしたのか、唐突に口を開く。
「山の木で争った日に、川の魚で争うな」
「女神メイベルの言葉ですかな」
「喧嘩は一日一回とか、皆で分け合えって意味もあるけれど、最初の争いを理由に他の争いを起こすなって、意味もある」
川は山から流れてくるものだ。山について争えば、いつか川についても争うだろう。それは永遠に終わらない争いの火種かもしれない。
メイベリアンは、羨みや復讐で戦おうとはしない。先祖の土地を守るため、仲間や友を守るために戦う。少なくとも、こんな子どもじみた意地を憎しみに帰ることはない。
「これからまたアミーポーシュで暮らすのかと思うと、心配でなりませんよ」
「追放の原因が消えたんだ。もう戻してもいいのではないか?」
「好きなことをやれる環境から引っ張り戻すのは、それはそれで心苦しいものです」
この政治闘争などとは言えない、宮廷伯息一人の個人的暴走は、彼を捕らえるまで続くかもしれない。尤も今回の騒動でほとんどの軍資金を使い切ったと考えれば、彼にできることなどたかが知れているだろう。
「なら今のままにしておいてやればいい。野に放った獣を囲いに入れるのは難しい」
「親にできるのは、ただ心配していることだけなのかもしれませんな」
「大丈夫さ。私の息子が一緒にいるんだ。私からすれば頼りない子だけど、ロゼッタのためならクマだって殴り倒せるさ」
カ・イリは窓辺によって外を見ると、そこから見えた光景を指差した。
アレクが一緒に見に行くと、チ・オベことティーベ、そしてアレクの長男アスワン。遊びまわる二人を見守るロゼッタとカイロの姿が、そこにあった。
「大丈夫さ。あの二人なら」
母の力強い言葉が、応接間に静寂を齎した。
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