第三十五話「砂被り姫の疑問」後編
辺境伯邸に到着した馬車からロゼッタが姿を見せると、顔見知りの兵士が駆け寄ってきた。
「姫様! ――ではなく特使殿、よくぞお戻りになられました。領主様にお取次ぎいたしますので、どうぞこちらに」
「ありがとうございます。皆さんも一緒にどうぞ。カ氏族長イリ。ご一緒に、お願いできますか」
「あいわかった。お隣さんがお困りなら、手を貸すのが隣人の役目であろう」
伝令兵の走り去る背中を見ながら、ロゼッタ、カイロ、カ・イリは屋敷の中へと案内される。その入り口で待っていたのは、丁寧にお辞儀をしたハリエだった。
「ハリエさん!」
「お待たせ、ハリエさん」
「おかえりなさい。ロゼッタ、カイロ」
ぎゅっと抱き着いてくるロゼッタを受け止めたハリエは、その手をカイロに伸ばし、頭を撫でる。姉か、母か。何百年も昔の古代機人にとって、全ての人間が等しく子どもだった。
カ・イリと挨拶を交わすハリエは教育の行き届いたメイドのように丁寧な所作で答える。息子の世話をしてくれている古代機人に感謝の言葉はいくつかあれど、それをしている時間はなかった。
「領主殿がお待ちです。こちらへどうぞ」
先ほどの兵士の言葉に頷いた一行は、部屋の中に案内される。
そこには、アレクとアスワンがそろって待っていた。アスワンはカイロの登場でティーベの姿を探しているのか、視線がキョロキョロしている。ただ今回は残念ながら一緒ではない。代わりに、初めて見る女性へ視線が移っていく。
「西メイベリアンのカ氏族長イリである。こうして顔を合わせるのは初めてであるな。カエルム伯アレク」
「あなたが参られたということは、ロゼッタ特使は見事、役目を果たしたとお見受けする。辺境伯領主アレクサンドロス・フォン・カエルムは、あなたの来訪を心より歓迎する」
慇懃な礼をとるカ・イリに対し、格式的だが整った礼をするアレク。
彼に促されて、ロゼッタたちはソファに腰を下ろした。
「あの、マドレーヌ男爵夫人は、すでにお帰りに?」
「時折ハリエ殿の様子を見に来られるが、滞在はされていかない。四日前にここへ来たばかりであるから、また来るのは三日後ぐらいであろう」
ロゼッタの問いにアレクは答えた。それならば、ここで待つより直接会いに行って報告したほうが早いだろう。しかし、まずは何よりアレクへの報告が先だ。
「特使として、北メイベリアン・ダ氏族、そして東メイベリアン・ラ氏族。両氏族長より和平締結への合意を頂き、西メイベリアン・カ氏族長を伴い、帰還いたしました」
「特使の大命、ご苦労であった。……よくやったな。ロゼッタ」
最後の言葉は、辺境伯領主としてではなく、ただの父としての言葉だ。たとえ追放したとしても、その血が変わるわけではない。
「カ・イリとしても、ご令嬢の功績には賞賛を述べさせてもらう。正式は調印と交渉は後日となるであろうが、現段階での和平締結のための親書を、我が手より送らせていただく」
アレクの手に渡る親書。そのことにほっとした表情をロゼッタは浮かべたが、同時に父の顔色が優れないことに気づく。
「お父様、街中の兵の数と言い、お父様の様子と言い、何かあったのですか?」
「……少々な」
言いづらそうにするアレクだが、娘の視線は変わらない。観念したように、彼は額を抑えながら答える。
「宮廷伯の息子シュテサルが、我らカエルムを通謀利敵の徒として、給弾してきたのだ」
その言葉に、誰もしばらく言葉を発することができなかった。
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