第三十六話「砂被り姫の危機」前編
「どういうことです、お父様。あの宮廷伯息が、何を……」
「マドレーヌ殿の手紙で知ったのだが、どうやらシュテサル氏はまだ怒りが収まらぬようだ。二度目の婚約締結を断ったことで宮廷伯はこの話に決着をつけたようだ。だが、本人の心境はそう簡単にはいかなかったのだろう」
マドレーヌの手紙曰く、この度の騒動の結果シュテサルの社交界での立場は崩壊した。
ロゼッタは実家の追放という形で社交界から隔絶された。だが、シュテサルは社交界から追い出されたわけではない。むしろ今回の話を笑い話にでもしようという風だった。
しかし、婚約の破棄はする側もされる側も醜聞の類。特にそれが三十を過ぎた男とまだ十八にもならぬ少女のものとなれば、笑い話も言い訳にしか聞こえない。
「で、社交界で立場のなくなったシュテサル氏は、その鬱憤を晴らすかのように我が家を糾弾したのだ。周辺領地の方々はこれと言って相手にしていないようだが、彼には資産がある。傭兵を雇うくらいわけはない」
「人格と資産力が一致しないのは悲しいことですね」
その金が今カエルム領を危険に晒しているのだ。こちらも笑い話にはならない。
「宮廷伯は、何かおっしゃっていないんですか?」
「謝罪の手紙はすでに届いている。シュテサルの行方は彼らも把握できていないようだ。宮廷伯は自前の軍を持たない。たとえ見つけたとしても、連れ戻すのは難しいだろう」
「でも他の領主が支持していないのなら、宮廷伯息の糾弾は何も意味をなさないのでは?」
「だが傭兵という力を用いてきた。それが盗賊・山賊まがいになっては、厄介だ」
社会的に何の力がなくとも、武力というのは行使できる。宮廷伯が直接協力していないだけ、ましな話だ。もし宮廷伯が力を貸そうものなら、この国に小さくない内戦が起きることになるだろう。
二度三度に渡る屈辱が、その憎悪を駆り立てたのか。
「何とかして止めないと、いつ被害が出るかわかりませんし、宮廷伯にも迷惑です」
「もちろんだ。そこで、カ・イリ殿。此度の和平締結に伴い、我らの協力を内外に知らしめる必要があるとは思いませぬか」
「あら、そういうこと。気が早い気もするけれど、協力自体は約束するわ」
「か、母さん、いいのか? つまり――シュテサルの拿捕ないし討伐のために、カエルムの戦士を動員するって意味だろ?」
和平を結んだ相手の領地に他国の軍を派遣する。それはシュテサルが主張するように、カエルム辺境伯の利敵行為の体現ではないか。そのようなことになれば、カエルムもメイベリアンも、帝国の敵になりかねない。
「それを、我がカエルム家がカバーする。皇帝陛下にはこちらから仔細を伝えよう。東の憂いを失くすのだ。疑問は出ても、文句はいわれまい」
メイベリアンに関しては、カエルム辺境伯が全権代理として動けることを確約されている。たった一つの条件であるメイベリアン側からの和平も、今回クリアした。
ならばあとは、この地に残る争いの火種と燃料を、消し去ってやればいいのだ。
「そういう話なら任せろ。我がメイベルの子らは、森以外においても屈強であることを、証明して見せる!」
楽しそうに笑うカ・イリの姿に、顔を見合わせた子どもたちは肩をすくめ合った。
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