第二十九話「砂被り姫の越境」前編
ロゼッタとカイロの言葉を、ティーベを膝に乗せたカ・イリは、真剣に聞いていた。
ティーベ――チ・オベを同席させた理由をカイロたちは聞かなかったが、その必要があると彼女が判断したのだろう。
「じゃあ、本気でダ氏族を止めに行ってくるんだね」
「僕の気持ちはここに来た時と変わらない。帝国とは戦わせない。戦わなきゃ守れない安全はある。それでも、血の流れない方法がやっぱり一番いいんだ」
「招待は受けているんだ。お前は問題ないだろう。けど、ロゼッタお嬢さんは残りなさい。いくらダ氏族のバカ面どもに理性が残っていても、危ないものは危ない」
カ・イリの視線がロゼッタに向く。息子については了承できた。だが、その友人――相棒が危険に晒されるとなれば、彼女は親として黙っているわけにはいかない。
息子の――本人たちは否定するだろうが――大切な人を、失わせるわけにはいかない。
「それは、一人の帝国人として、一人のメイベリアン研究者としても、譲れません」
何より、カ・イリ自身、存外この少女を気に入っていた。
気が強く、物事にまっすぐに向き合うその性分は、好ましい。息子を託すなら、こんな人がいいとカ・イリは思う。
ゆえに危険に近づかせるのを戸惑ってしまう。
「お前さんに何かあれば、カエルム卿は黙っていまい。そうなれば、関係修復は絶望的だ」
「ならばこそ、帝国が本気だということを、示すべきです。今の私には何の権限も、資格もありませんけれど、平和を願う帝国人もいるのだと、ダ氏族に伝えないと!」
もしもカイロだけで交渉に向かえば、それはあくまでカ氏族とダ氏族の対立になる。ラ氏族がどちらに付くかが重要になるだろう。
けれど、そこに帝国の代表がいれば。たとえカエルムの名を利用してでも、説得ができれば。
「譲る気はないようだね」
「はい。何より、カイロさん一人を矢面に立たせるわけにはいきませんから。ね?」
「君はそこらへんの傭兵や騎士よりずっと勇敢で、無鉄砲だよ」
少し呆れ気味なカイロだが、嬉しさがにじみ出ている。
目を細めたカ・イリは、ポンと膝を叩く。
「わかった。なら私も同行する。それがロゼッタさんをダ氏族の下に連れていく条件だ」
「母さんが集落を離れていいのか」
「カエルム卿が境界を越えてくることはない。実際、ラ氏族の集落に行ったり、結構ここを離れることは多いんだよ」
そう言ってカ・イリは戸棚から紙と筆を手に取る。
何かをしたためると、ティーベに持たせて外に行かせる。
「カルトゥーシュを作るのか。ラ氏族への伝言?」
「今回のことは山向こうにも伝える。ダ氏族とは反対の道を行くと、正式に表明しよう」
「ありがとう、母さん」
「本当に、ありがとうございます!」
頭を下げるカイロに合わせ、ロゼッタも頭を下げる。
「お礼はちゃんと、和平交渉の開始が決定してからにしなさい。さ、準備よ!」
「はい!」
カ・イリの言葉に勢いよく答えた二人は立ち上がる。
ダ氏族の集落へ向けて、翌日三人は集落を立った。
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