第二十七話「砂被り姫の対外交渉」中編
「カイロさん!」
「ロゼッタさん、よかった、無事だったんだ……」
扉を開けた先にいたのは、服装の変わったカイロだった。
それまでの帝国人らしい恰好から、メイベリアン人たちの服装に似たものになっていた。おそらく、ロゼッタが拘束されていたわずかな時間で、こちら側の立場に引き戻されたのだろう。
「本当に、どこも怪我させられたりしていないよね? 手首のこれ――」
「このぐらいなら気にしないでください。明日には消えていますよ」
ロープで縛った手首は擦り傷ができているが、さほど抵抗しなかったこともあり深くはない。それ以外にはなにもない。
「父さんの件を考えれば、もっと警戒するべきだった。まさかばれたとわかった瞬間に襲い掛かってくるなんて思いもよらず」
「私がびっくりさせちゃったんですね。がんばって隠れていたのに」
もし二人の言葉を理解できる見張りのものがいたら、むしろ馬鹿にされたと思うだろう。決して戦いの訓練を積んできたわけではないロゼッタに、自分たちの見張りがばれたのだ。
「ところで、カイロさんのその恰好」
「うん。彼らからしたら、あのカルトゥーシュを受け取って里帰りしてくれたものだと思っていたようだから。でも、君が解放されたのなら、きちんと目的を伝えないと」
「はい。これから始まろうとする無駄な戦いを、止めるために」
お互いの手をぎゅっと握り合わせるロゼッタとカイロ。
二人が決意を新たにするとき、カタンと弓を立てかける音がする。
「そろそろ本題張っていいかな、お二人さん」
その問いかけに、ロゼッタとカイロは手を放してそれぞれ部屋の片隅へと飛び跳ねた。
自分たちが誰の目の前で手を握り合っていたのか。
跳ね回る心臓が、熱い真っ赤な血流を全身に送り出していた。
「さて、カ・イル。《お前は私たちの敵になったのかい?》」
《違うよ。僕はあなたの息子でティーベの兄だ。そして、メイベルの子らを愛する父さんと、同じ志を持つ者だ》
メイベルの子ら――それはメイベリアンという言葉の意味だ。そもそもメイベリアンというのが、彼らの山岳信仰と呪物崇拝における、神の擬人化として語られる女神と、その庇護下にある部族を指す。
《ならなんで帝国人を連れてきた? まさか嫁にしたいってわけじゃないだろうね》
《母さんじゃないんだからそんなわけないだろう! 彼女は僕と同じメイベルの歴史の探求者で、相棒だ。そして今回は、このカルトゥーシュのことで話があるから、同行してもらったんだ》
「なにも、そこまで力強く否定しなくても……」
たとえメイベリアンの言葉で話していても、八割くらいは聞き取れている。親子の会話に口を挟むつもりはないが、ちょっとした不満が小さく漏れる。
彼女の呟きは二人に届くほどではない。だからカイロも、懐からカルトゥーシュを取り出して話を進める。
《どうして今更帝国に攻撃を加えようとしているんだ。アレク・カエルムと、争い以外の解決に至ろうとしているんだろ?》
《それはカ氏族だけね。ラ氏族は山の向こうのことに関しては興味がない。ダ氏族は、そうじゃないけれど》
つまり、カイロの母は帝国と争いたいわけではなかった。
では、あのカルトゥーシュは?
その疑問を、カイロもぶつけた。
《戦うならば、敵をよく知る者がいる。ダ氏族は、お前に作戦参謀を任せたいと言ってきたのさ》
ゆえに、母は息子を呼び寄せた。
断るにせよ、承諾するにせよ、本人の言葉を伝えるために。
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