第二十七話「砂被り姫の対外交渉」前編
カイロ――カ・イルの母、カ・イリによって、ロゼッタの腕を縛っていた縄はほどかれ、脇を掴んで立ち上がらせられる。
「手荒な歓迎になって悪かった。昔から、部外者の侵入には厳しいのがうちの伝統でね」
マドレーヌよりも背が高く、父のようにしっかりとした腕。メイベリアンの食料事情は、山岳部での狩猟採集と、山肌を利用した傾斜地農業で成り立つ。山と森に囲まれたカ氏族の領地では、前者が主要なのだろう。
その背にある強弓が、彼女の強さを見た目で理解させる。
「カ・イルさんのお父様が領内に迷い込んだ時も、そうであったと」
「あの子から聞いたのかい。畑に入り込むイノシシと同じさ。私たちに害をなすかもしれないものを、無条件に歓待はできないからね」
「いいえ。むしろ、突然の訪問に、こうして応えていただけただけでも幸いです」
「ふふ、カ・イルの言っていた通り、肝の座ったお嬢さんだね」
おそらく、カイロとティーベがロゼッタのことを説明してくれたのだろう。まともな条約もない敵方に捕まった捕虜がどうなるかなど考えたくもない。
尤も、拘束した割には対応が紳士的だった見張り達のことを考えると、さほど心配することはなかったかもしれないが。
「あの、申し遅れました。私はロゼッタ・カエルム、ここヴェゲーゼン山脈の隣に位置する帝国カエルム領より来ました」
「名前はカ・イルから聞いているけれど、カエルム領のお姫様とは聞いていないね。アレクの辺境騎士は元気かい?」
ロゼッタの父アレクとも、カ・イリは会ったことがあるはずだ。不文律とは言え不戦協定があり、今日に至るまで戦いらしい戦いは起きてこなかった。
「はい、おかげさまで。ただ、この度は父のことは関係なく、私個人として参りました」
「噂には聞いてるよ。婚約パーティーで相手殴り倒して婚約破棄したご令嬢がいるって」
「三割ほど、間違っている、気がします……」
もうちょっと情報の精査と調査を、メイベリアンの密偵にお願いしたい。
「でも、いいんですか。私が何かしらの密偵だという可能性を考慮せずに」
「カ・イルもあんたが帝国の差し金かという質問には即座に否定したからね。息子の言葉だ。母である私がまず真っ先に信じてあげなくちゃ」
カ・イリの言葉に、ロゼッタはふと思う。
自分たちは、どれほど親に恵まれたのだろうかと。息子を、娘を、己の立場がありながら無条件なほどに信じてくれる。無償の愛ほど危険なものはない。
それでも、アレクも、カ・イリも、誰かの主である前に、子どもの親であった。
「平和の使者は旗先に穂先はつけぬ、だったかい。あんたらの国の言葉だ。これも帰しておこう、汚しちゃまずいだろう」
国章の刻まれた旗が、丁寧に畳まれた状態で帰ってくる。破れたり踏まれた後はなく、丁寧に扱われたことがわかる。
強い決心を胸に、ロゼッタはカ・イリを今一度見る。
「やっぱり、あなたたちを戦わせるわけにはいかない」
「どうやら、面白い子を連れて帰ってきたようね。《私の後継にふさわしいんじゃない?》」
「あ、ごめんなさい。あんまり早口だと、聞き取れなくて……」
「気にしないで。独り言だから」
そう言ってウィンクして見せたカ・イリに、ロゼッタはおどけると言う行為は万民共通であるのだなと、関係ないことを浮かべた。
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