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第二十六話「砂被り姫の異境巡り」前編



 メイベリアンの森は、うっそうとして、暗く、深い。

 帝国と数本の川と林を挟んだ程度。まだ山を越えていないのだから、本来なら気候的違いなどほとんど起こるはずない。だが、線で区切ったように違っている。


「ちょっと蒸し暑いですね。メイベリアンの人たちは暑さに強いんですか?」

「ここら辺は、帝国に比べて湿気が強いから、そう感じるのかもね。気温だって帝国側とさほど変わらないから、乾燥している砂漠に比べれば、日陰もあって快適だよ」

「シャルル閣下は、そんな辛い環境でよく戦えますよね」

「ああ。だからと言って、ここを戦場にはしたくない」


 湿気の強い熱帯性の森、火をつけても燃えにくく、大軍が動くには障害物が多い。

 事実、過去のメイベリアンとの戦いも、どちらかといえば山岳民族が山を下りて、平野民族が迎え撃ったという形が多い。

 逆に言えば、帝国側から森の中へ、山の中まで攻め入ったことはない。

 戦う必要がないと判断したわけではない。


 勝てないと判断したから、攻撃に転じられなかったのだ。


「西側でも戦っているんだ。東側にまで火種を抱えたくないだろう」

「お父様に、あまり負担を懸けたくはありませんし」


 現在メイベリアンとアレクの間には、不文律の不可侵条約が結ばれている。

 しかし、あくまで不文律。正式なものでもなければ、互いに法的に認められたわけでもない。何時破っても、破られてもおかしくはないのだ。


「その、実はメイベリアン語でメイベリアン人と喋るのって、実は初めてなんです」

「……そっか、僕もティーベも、帝国の言葉でずっと喋ってるから」

「はい。というか、ティーベくん、そういえば帝国語上手ですね」

「お母さんに教えてもらったの。お父さんにあったとき、困らないようにって」

「そっか。父さんにも、ちゃんと後で伝えないと……」


 まさか、知らない間に自分の息子が一人増えているとは思わないだろう。血の繋がった息子と同じで混血児とはいえ、押しの弱い父が混乱するのは明白だ。


「ところで、彼らの集落までどのくらいです? 今歩いているのは、間違いなく彼らの使う獣道であるとは思いますが」

「ヴェゲーゼン山脈を国境とはしているけど、実際の境界線は川であることはわかるよね」

「先ほど超えたところですね」

「山のこちら側にも、集落は存在する。僕の母であるカ氏族が治める領地がこちら側なんだ。反対側をダ氏族、そして山の向こうの平野をラ氏族が治めているんだ」


 尤も、それはカエルム領と隣接する地域の話だ。ダ氏族も帝国側の山を治めている。今回の侵攻を提唱したのは、帝国人を夫にしているカ氏族ではなく、ダ氏族であろう。


「カ氏族とダ氏族はあまり仲がいいとは言えない。主張しているのがダ氏族なら、説得は難航しそうだな」

「えっと、じゃあ……」


 そう言ったロゼッタは、右手の指を控えめに上に向ける。


「この、上からずっと私たちを見ている人たちは、どっちの人たちでしょうか」

「カ氏族かラ氏族だといいかなぁ」


 揃って上を見上げた時、突如視界が暗転する。

 何か袋のようなものを被された二人は腕を抑えられ、抱え上げられる。

 抵抗することもできず、どこかへと運ばれていく。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん、お姉ちゃん」


 繋いでいたティーベの手が、唯一の安心できる要素だった。





少しでも気に入っていただけたら幸いです。




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