第十七話「砂被り姫の心の内」後編
――なにより僕は、メイベリアンだし。
何気なくカイロが呟いた一言は、ロゼッタの中に妙な棘となって残っていた。
帝国と敵対関係にある山岳部族の血を引く青年の言葉は、祖国がいまだ戦争の只中に存在することを実感する。東側はともかく、西側は戦争状態が激化している。
現在百年に一人の天才と呼ばれる若手軍人が国境軍を率いて奮戦し、帝国に三倍する敵を見事撃退した。
一方で東側は膠着状態、小康状態と言っていい。ロゼッタの父アレク・カエルムの奮闘で血の流れる戦いには至っていない。とはいえ、未だ交流は浅い。
「カイロさん、そんな卑下する必要ないのに……」
現在、ロゼッタの姿は骨董品店『ル・ビュー』の中にあった。
イスに腰かけ、資料を閲覧する彼女の思考は、どうしても先日の会話に向かってしまう。
そう言った時のカイロの気持ちは、一体どの方向を向いていたのだろう。
「マドレーヌさんは、純粋すぎるからって言ってた……」
彼女がなぜ、カイロをそう評価したのか。あの一言は、彼の気性や性格の表れだ。
主張が強いわけではなく、それでも好きなものには前のめりで。どこか達観した子どもが自分の力量と才覚の限界を察してしまったかのような。
「カイロさんは、マドレーヌ様のこと……」
「私がどうしたの? お嬢さん」
「ひゃうっ!?」
首筋を、細くしなやかな指が撫で、高めの声が鼓膜を震わす。
熱湯に触れた猫のようにはねたロゼッタの肩を抑えたのは、彼女が頭の中に思い浮かべていた人物の内の一人――マドレーヌだ。
「マドレーヌさん、どうしてこちらに?」
「カイロが隣の街まで出張するって聞いたから、遊びに来たの。男がいたら、できない話もあるでしょ?」
ロゼッタは飛び出しそうな言葉を飲み込む。自分の中に渦巻く”何か”が、喉から溢れ出しそうだったからだ。
ゆっくり息を吐いて跳ねる心臓を抑えると、小さく呟く。
「カイロさんは……」
「うん、何?」
「マドレーヌさんのこと、好きだと、思いますか?」
たどたどしく、途切れ途切れに問いかけた。
「その質問をした意味、わかる?」
「わかん、ないです。なんでか、気になって……頭を離れなくて!」
「辺境伯から離脱して、働いて、もう大人かと思っていたんだけどねぇ」
俯く彼女の頭を、マドレーヌはそっと撫でる。まるで母が娘をあやすようなしぐさだが、不思議と嫌な気分はしない。むしろ安心感に満たされた。
「あの子が好きなのは私の理解で、私の人格じゃないわ。私が出資する芸術家の多くもそうよ。私が家で囲っている数人は、それが逆だったり、同等だったりするけれど」
「そう、なんですね……」
「あの子は自分の生まれを悲観することはあるけれど、その自制心と謙虚さは決して悪いことではないわ。自覚しているからこそ、がんばれる人だっているのよ」
マドレーヌはロゼッタの目を真っ直ぐに見て、最後の言葉を告げる。
「彼はあなたの最良の相棒よ。誰に認められなくても、自惚れられなくてもいい。でも、あなたたちだけは、お互いを褒めてあげてね」
その微笑みに、ロゼッタは小さく頷いた。
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