鍛冶師
お待たせしました。再開します。
スカイ学院とその周囲にある街で魔物が大量発生した事件から約1年。その期間にこの世界──ルフトでは劇的な変化があった。
魔王が人間と決別したのだ。
魔王は元々人間に好意的ではなかったものの、配偶者のレーヴェという女性の影響で人間と手を取り合っていた。
しかし、6月末にレーヴェが人間の手によって殺されてしまったことですべてが覆った。
魔王は怒り狂い人間との戦争を始めたのだ。ただでさえ我が子のリナがリオに融合された事件が起こっていたところに加えて、愛する者を殺されたのでは無理もない。
宣戦布告から1年間で移住する魔族を募り、その後戦争開始の予定だ。
魔王と勇者の実力差は歴然で、ろくに鍛えてこなかった勇者に軍配が上がるとは考えづらく、戦争が起これば魔王軍が優勢になることは魔王のことを知っている人からすれば簡単に想像出来る。
人間と魔族の間には深い溝が生まれ、今ではどんどん移住が終わり、人間の国には人間が、魔族の国には魔族が暮らすのが殆んどだ。
しかし、人間と魔族の戦争はあくまでも魔王の身内が人間に殺され、融合したことに起因する。
魔族の誰もが人間に敵意がある訳ではない。逆もまた然り。
故に、中立国では人間も魔族も共に暮らしている。
「大変だねナノルルは。ここ最近ずっと忙しいでしょ?」
「はい。ですが、問題ありません。粗品をつくるだけですので」
粗品とは言うもののナノルルが生産しているのはただの剣ではない。一般的な武器には付与が一切されていないけれど、ナノルルのは違う。
たったひとつの付与だったとしても、その有無は性能に大きな差が生まれる。それは、例え本当に粗品だったとしても付与がされた物はそれだけでルフトでは佳品になる程だ。
今もナノルルが雑談をしながら打っている剣は十分秀作と呼べる出来にも拘らず付与まで施されているのだからルフトの職人では製造出来うる最高品だ。それを粗品だと言うのだからナノルルの力作はもっと上だ。
「そんなことよりも、最近どこかへ行かれますよね?」
「ん?ああ、ちょっとダンジョンにね。流石に生活費くらいは稼がないと」
「その必要はありません。この頃は物騒ですし、あまり出歩かないようにしてください」
「……そうだね。でも、いつになったら魔王が討伐されるのか分からない以上稼げるときに稼いでおかないと」
魔王はいずれ勇者に破れる。これは繰り返してきた歴史が語っている事実だ。しかし、現状ではその目処が立っていない。
「私が稼いでいますので問題ありません。こういう時期は武器の需要が高まりますし、私以上の職人はルフトに存在しません」
「いや、ずっとナノルルといるならそうだけど、来月は他の眷属と過ごすことになるし……」
学院が無くなったので僕が眷属のところに行くことにしたのだ。
「なら、いくらですか?」
「いくらって?」
「マスターの1日で稼げる金額です。その倍出します。ですのでマスターは私の傍に居てください」
態々作業を中断してまでナノルルは僕を見て懇願する。その様子を切っ掛けに僕は目を覚ました。
元々こんな妻問いの真似事をしているのは眷属ひとりひとりと時間をつくる為だ。仕事の邪魔かもしれないと出掛けていたけど、ナノルルが傍にいて欲しいのならそうするべきだ。
「……お金はいらない」
「な、ならば、お望みの物をなんなりとおっしゃってください」
もはや涙目になりそうな彼女に僕は答える。
「じゃあ、ナノルルの時間を貰える?」
「わ、私の時間……ですか?」
「そう。僕と出掛けようよ」
「ですが、仕事が……」
「大丈夫。その間もずっと傍に居るから」
「マスターッ!」
丁度仕上がった剣を置いてナノルルが僕の首に腕を回す。
コンコンコンガチャ
流れるようにノックをし、返事を待たずに誰かが入って来た。
「親方!見てください!過去最高の出来です!!」
「そろそろお昼ですし休憩しましょう。いつものところでいいですか?」
十代後半くらいの少女が一振りの剣を見せびらかす。しかし、親方と呼ばれたナノルルは一瞥すらせずに僕との会話を優先した。
「休憩ですか!親方、私もご一緒します!」
「あ、その前に汗を流してきますね」
「親方、私も「マスターも一緒にどうですか?」
「ここの浴場、男女は時間で分かれてるでしょ?昼は確か女湯だったはずだけど」
ここは小さい共有のお風呂がある。予約すれば貸切できるが、その分お金がかかる。
「平日昼間から入ってる人はそうそういません。今日は休みの報告もないので貸切状態です」
「その子がナノルルと入りたそうにしてるけど?」
ここでようやくナノルルが少女に意識を向けた。ただ、視線は僕だけを捉え続けている。
「はぁ。ニュイさん。貴女はもう来なくていいですよ。お疲れ様でした」
「そ、そんな。どうしてですか!」
「貴女が私とマスターの邪魔だからです。貴女は私とマスターが一緒にいるときどんな要件であっても近づかない、と書かれた契約書に合意しました。契約内容を破った場合は解雇するとお伝えしていましたので、早急に立ち去ってください」
「……っ!こ、こんな男は親方に相応しくありません!親方には年に1ヶ月しか会わないなんて最低です!」
「これ以上マスターのことを悪く言うと私は貴女を力ずくで追い出します。貴女はもはや部外者なのですから不法侵入者ですし、このご時世、追い出す際に誤って殺してしまっても問題ありませんよね?」
……初耳だった。そう言えばナノルルといるときに他の誰かが近づいてきたことが無かった気がする。
ニュイと呼ばれた少女は折角鍛えた剣を落とし、半泣きになっていた。ただ、こうなってしまった原因は僕も含まれている。こんな契約を交わしていたとも知らずに彼女を話題に出してしまった。ナノルルが無視していたのは、見なかったことにするから速やかに去れ、と言う意味だったとすれば意図を汲み取れなかった僕にも責任がある。
「……ナノルル一緒にお風呂に入ろっか」
「!本当ですか!」
「ただし、彼女のことを見なかったことにして欲しい」
「いえ、契約を破った者を簡単に許しては今後に差し障ります。それはできません」
それもそうか。規則が守られるからこそ秩序が成り立つ。例外は極力なくすべきだ。
ナノルルはニュイの方を見て冷徹に言葉を続ける。
「ここは本来私とマスターだけの場所です。そこに無理を言って居座り続けているのは貴女たち従業員だと自覚してください」
「……はい。申し訳ありません」
「分かったのなら、早々に立ち去りなさい」
ニュイはしょんぼりした様子で退室したが、剣を忘れていた。
ナノルルはその剣を拾い上げると品質を確認していく。
「駆け出し程度、ですね。製作者も適正装備者も」
「どうするの?今からなら渡せると思うよ」
「材料も設備も設計図すら私の工房が提供したものですしこちらで売りますが……まさか欲しいのですか?」
ナノルルから自分の装備にどんな不満があるのか、と圧が放たれている。
「いや、剣は別のがあるし」
「ニルボロフ、ですか」
法剣の名前を口にしたナノルルが不機嫌になる。
ニルボロフは3つも能力が付与されている剣だ。そのどれもが有用なのでナノルルの剣よりも重宝していた。
「状態も悪くならないし、装備しやすくて魔法も使えるともなればそうですよね……」
「そもそも剣はあまり使う方じゃないから!ほら、魔法だって自分で使えるし、ただの牽制目的ならナノルルが造ってくれた短剣で十分だから!」
「冗談です。では、お風呂に行きましょう」
「え、それはナノルルが条件を飲んだらって……全く、しょうがないなぁ」
結局、僕は眷属に甘い。今このルフトで仲間だと呼べるのは眷属だけだし、気を許せるのも彼女たちだけだ。
僕を殺すには眷属を殺す必要がある。一部命を共有しているからだろうか。僕からすれば家族のようなものに感じる。
だからかもしれない。僕にはナノルルを一緒にお風呂に入ることを拒絶することはできなかった。




