堕ちた剣聖
僕はノンエラスを掬い上げるようにして弾くと同時にノーヴァンフロスの先端から放つ黒い弾丸で追撃をかけようとしていたラミューラに防御、または回避を強いる──ことは出来なかった。
いや、正確には防御を選択したのだが、攻防一体のそれは流れるように魔法を切り上げるように裂き、勢いはそのままに回転して上げたままの聖剣を僕に向かって振り下ろさんとする。
弾かれたノンエラスは夜空へと舞い、落ちてくる様子はない。どうやら上に乗ったようだ。
足を止めてくれることを期待したけど、そう上手くはいかないか。でも、僅かな時間は稼げる!
ラミューラが回転する1秒にも満たない時間で煌めく神雷の刀身を発動させ、左手に持つとユニヴェルクを受け止める。
超級魔法と言えど所詮魔法なのでユニヴェルクと拮抗していられるのは数秒だった。しかし、数秒もあればノーヴァンフロスを構えるのに十分過ぎる。
流石に不味いと判断したのかラミューラは後退した。距離を取る際、ユニヴェルクで煌めく神雷の刀身を押し退けるようにしたことで煌めく神雷の刀身は消え去った。
「一応確認するけど、ラミューラは君に魅了されてる訳じゃないんだよね?」
「ええ。そうよ。彼女には何もしてないわ」
「でも、何が起きたのかは分かってるはずだよ。ラミューラが来る前に誰かを待っていたような口振りだったし」
「ふふふ。貴方、何も知らないのね。答える義理は無いけれど教えてあげるわ。これは剣聖の末路よ」
愉快そうに話すレネッフェだけど、その言葉には嘘は見えない。確固たる情報源があるのだろう。
「どういう意味?」
「そのままの意味よ。剣聖は代々死ぬか、彼女のように破壊の限りを尽くす人類の敵になる」
「助ける術は?」
「あるわけないでしょ?彼女の言葉を借りるとすれば──死、くらいかしら?」
仮にレネッフェの言葉が嘘だとしても、レネッフェに対して物怖じせず、会話が出来ていたし、敵意すら向けていたのは事実。
レネッフェが関与していないにも拘らず、先ほどの言動。原因はエマモネスの独断行動か?剣聖は何で暴挙に出る?
リリアーナのように気絶でもさせて行動不能にすれば良いかもしれないが、それでは根本的な解決にはならない可能性がある。それと、明日に持ち越すのは避けたい。僕に魔剣があるように、エヴァンには聖剣があるので性能差で打ち合えないことはないだろうが、ラミューラの症状が時間経過で悪化するタイプだった場合、手遅れになるかもしれない。ただでさえもうどうしたらいいのか分からないし、なるべく早く対処するに越したことはない。一応正気に戻ったリリアーナが聖級魔法でなんとかできる可能性もあるが、それもできるとすれば明日だろう。
「ラミューラ、一体何が君をそうさせる?」
僕にできることは説得を試みることだけだった。
「うるせぇ!!さっき言っただろうが!この世界が気に食わねぇんだよっ!!」
感情を隠そうともせず、ノンエラスを回収することなく、ユニヴェルクだけを握りしめて接近してくる。
「僕が言いたいのは、どうして急にそう思ったのか、だ。城の前で別れたときは問題なかったでしょ?」
飛行スキルで空中へ退きながら僕は再度問いかける。
「急にじゃねぇ!前々から考えてたんだよ!!」
飛び上がり、ユニヴェルクを上に構えつつ叫ぶ。
「離れねぇんだ!頭の中から、ずっと!」
僕はあっさりと回避するが、すぐにその選択が失敗だったと理解する。
「こんな世界をぶっ壊せって!腐った世の中を浄化しろって声が!!」
ラミューラはそのまま天井を切り裂き外へ出る。
「これはまるで呪いだ。あの女の言う通り、剣聖は魔王討伐までに死ぬかオレのようになるしかねぇ」
彼女はノンエラスを拾い上げる。
「どのみち殺される運命ってことだ。この衝動は抑えようとしても収まらねぇ。どんどん膨れ上がってきやがる」
だから──と続けて
「殺すつもりで来い!!」
ラミューラの殺意が僕に突き刺さる。しかし、それが気にならない程の全能感に僕は酔いしてれていた。
魔族特有の隠しスキルである覚醒で吸血鬼本来の力を強め、ステータスやスキル、魔法、感覚器官などが強化され、そこに全ステータス超アップ(夜)が上乗せさている。さらに、手には僕の死宝の狙杖ノーヴァンフロスが握られているし、エヴァンの身体なのでステータスの倍率は基本25倍で魔力は100倍とあり得ない程に高まっている。
ハッキリ言って最高の状態だった。
「そっか。ずっと、苦しんでたんだね」
少し高揚していたことも影響しているのかもしれない。僕はとある言葉を無意識の内に吐いていた。
「ならもう、しょうがないか。殺してあげるよ。それが君の願いなんだろう?」
膨大な魔力がノーヴァンフロスに集まる。真紅の宝玉が煌めき、先端に魔力を流していく。
王城の最も高い場所で真紅に光るそれは幻想的な美しさがある。
放たれた一筋の光はノンエラスを壊すことはできず弾くだけに留まるが、ラミューラの左腕を吹き飛ばし、心臓に届くかに思われたところを寸前でユニヴェルクを割り込ませなんとか相殺した。
腕を失くし、バランス感覚が狂うラミューラは所々に穴が空いた屋根を走り抜け距離を詰めるのが難しくなる。しかし、ラミューラにとって、そんなことはどうでも良かった。
止めどなく流れる血液をユニヴェルクへと染み込ませる。出血量からしてこれが最後の一撃になるだろう。
ノンエラスが何かを吸収した分だけ強くなる聖剣だとすればユニヴェルクは何かを与えた分だけ強くなる聖剣だ。自身の血液をふんだんに使い、強化したこの一撃はラミューラの過去最高の出来と言っても過言ではない。
「まだ、まだやれる!行くぜトウヤ!!はあああぁぁぁ!!!」
振り抜かれた右腕から放たれる斬撃は僕の元まで一直線に向かってくる。
「……」
僕は無言のまま、ノーヴァンフロスの引き金を引いた。
衝突音が街全体に鳴り響いた。
最後に見た彼女の顔は──仄かに笑っていたように見えた。




