役者はすべて揃った
結界は確かに壊れた。もっと言ってしまえば壊れているだけだ。玉座に座った彼女の肉体には傷ひとつ見当たらない。
対して、カレンさんは心臓から剣を生やしていた。
「どう……して」
風魔法を維持出来なくなったことで間もなく魅了されるであろう彼女は自分を貫いた者に思わず問いかけた。いや、問いかけずにはいられなかった。
血が滴る剣はどこか見覚えのある剣身で、振り返らずとも魔力で誰なのか分かっていた。だからこそ、彼女はここまで接近を許してしまった。
「どうして、か」
その声は冷たかった。いや、その奥で熱く燃えるような憎悪が渦巻いている。
「それはオレの台詞だ。どうしてオレたちがこんな目に遭う必要がある?」
それは理不尽な世間への疑問だった。
「幼い頃から同い年の3人と一緒に旅に出て、魔王軍と戦うことを強いられた」
勇者パーティだからと様々な支援を受けられたとは言え、子供4人で夜営するのは過酷だった。
「仲間を失い、辛うじて魔王を倒し、いざ帰ってきてみれば“まだ倒せていない四天王がいるだろう?”と言われ、見つからないとなれば咎人にするだと?ふざけるな」
勇者パーティの役目はあくまで魔王を倒すこと。例えそれが出来なくとも罪人扱いされる謂れはない。魔王が何もしなければそれは平和と言っても過言ではないはずだ。実際、残っているとされた四天王は何もしていない。この6年間は、平和だった。
「誰のお陰でのうのうと生きられたと思ってる!オレたちが必死で魔王を倒したからだろ!!」
悲痛の叫びが響き渡る。
「おかしいだろ。身体を張ってきたオレたちが、どうして虐げられんだよ!!」
だから──と続けて
「決めたんだ。。全部ぶっ壊すってな。手始めにテメェだ。カレン」
ゆっくりと剣を抜いていく。返り血を浴びるその姿はもはや正義の味方とは思えない。
「今まで、世話になったな」
剣と言う支えの無くなったカレンさんはうつ伏せで倒れ、そこに血の海を作り出す。
「レネッフェ。手を組まねぇか?」
レネッフェの魅了を物ともせずに彼女は歩み寄る。
「この状況を見れば分かる。テメェもオレと同じで憎いんだろ?世間の理不尽が。なら目的は一致してる。そうだろ?」
「そんなこと。僕がさせると思う?」
レネッフェとの間に割り込んでそう言った。
「トウヤ。テメェならそう言うと思ってたぜ」
聖剣ユニヴェルクは下げたままにもう片方の聖剣、ノンエラスを向けてくる。
「こんな世界に救済があるとすれば、それは死だ。だから──仲間であるオレが救ってやるよ」
「今の君が正気だとは思えない。この短時間で何がそこまで変えたのか分からないけど、これだけは言える。ただ壊すだけでは魔王と変わらない。何も変えられない」
だから──と続けて月明かりに照らされる最中、ステータスが劇的に上昇するのを感じながら法剣ニルボロフの切っ先を彼女に向ける。
「君を止める。リリアーナの同様に多少の痛みは覚悟してもらうけどね」
カレンさんの命が尽きるまでに終われば良いけど、流石に無理かもしれないな。
そんなことを考えながら僕は一瞬で距離を詰めるとニルボロフを振るう。
「ハッ上等だ」
いとも容易く回避されてしまう。だが、この一振りには魔力が込められている。ニルボロフの魔法発現により雷が発生する。
彼女は軽々とそれをユニヴェルクで消し去った。
「で。レネッフェ、どうなんだ?オレと組むのか組まねぇのか」
「一考の余地すらないわ。私と貴女では根本的な考えが違うもの」
レネッフェは肘をつき、頬に手を添え、足を組み、話にならないと一蹴した。
「貴女は全てを壊したいみたいだけど、私はそんな物騒なことはしなくていいの。私が青空の下でトウヤと生活できるようになれば、ね」
「そうか。なら仕方ねぇな。オレはトウヤの代わりにはなれない」
「魅了が効かないだけじゃダメなんだ」
てっきりそれだけで気に入ってるものだと思ってた。
「それだけでトウヤのことを好きになったわけじゃないの。それに、どうせ私を裏切るわよこの女」
仲間すらも手をかけようとしてることから最後に裏切ることは目に見えてる。手を組む理由だって大方レネッフェの魅了は役に立つからだろう。なにせ、彼女がいればロノアの生物を好きにできるのだから。
「チッ。その通りだが、なんかムカつくな。今は無視しておくが、手を組まなかった以上、トウヤの次はテメェだぜ?覚悟しときな」
「貴女がトウヤに勝てるとは思えないけど?大言壮語も程々にしたらどうかしら?」
血管を浮き上がらせて怒りを顕にし、ユニヴェルクを僕の方へ向け、ノンエラスをレネッフェの方へと向ける。
「うぜぇ。トウヤ、テメェには早急にエヴァンと一緒に死んで貰う必要があるな。レネッフェは精々トウヤの勝利でも祈って待ってろ」
二振りの聖剣を構える彼女は決して我武者羅に戦うことはせず、冷静に僕を見据えている。
ニルボロフ一振りでは武器の性能としても手数と言う点でも劣ってる。しかし、そんな剣としての性能差があれども、刃こぼれひとつ無い法剣に魔力を注ぎ、いつでも魔法へと変化させられるようにする。
同時に走り出すとすぐに剣戟が始まった。
何度か打ち合っているうちに、ニルボロフでは物足りないと感じていた。簡単に魔法が使えるメリットがあるけど、その魔法は容易く切り裂かれるのだから付け焼き刃程度の効果しかない。刃こぼれしていないのだって込められた魔力量が違うから状態保存が機能しているだけであっていつ砕け散ったとしても不思議では無い。
ただでさえ莫大な魔力量を持つのに今は全ステータスが大幅に上昇しているので力業でなんとかなってるけど燃費が悪いので魔力が溶けていく。
一旦風魔法で距離を取ろうとするもユニヴェルクを振るわれれば霧散してしまう。迫り来るノンエラスを仕方なくニルボロフで受け流し、彼女の腹を蹴り飛ばした。
「流石にもう限界か」
ニルボロフは魔力を剣に溜め込み、その魔力で魔法やらを発動している。ノンエラスがニルボロフに触れる度に法剣の魔力が吸われていたので相性最悪だった。
ようやく離れられたのでニルボロフを影に放り込む。すると僕が無手になったのをチャンスだと思ったのかノンエラスを投げてでも攻撃して来た。当然、彼女もノンエラスに少し遅れて追撃をかけるべくユニヴェルクを構えながら突っ込んでいる。
「フフッ」
思わず口元が緩む。なにせ、せっかくの得物を勝手に手放してくれたのだから可笑しくて堪らない。
僕の前髪の一部が紅く染まり、瞳も若干赤みを帯びる。そして、先ほどまでは何も持っていなかったはずの僕の手には真紅の宝玉がついた漆黒の杖が握られていた。




