稼がれる時間
リリアーナの剣が何度も振るわれる。
今まで杖を持っていた両手は、人々を癒してきたその両手は、誰かを傷つける為の武器を決して手放そうとしない。
「……ッ!本気、なんだ」
僕が回避しながら様子見している最中に一太刀受けてしまった。その傷口は回復が阻害されているのか自己再生(超)でも癒えない。
刃の部分は僕を傷つけることが可能な銀でできた剣。物理耐性が少しあっただけではその切れ味は僕の肌を容易く切り裂ける程の良さはあった。まさしく対僕の為の武器と言っても過言ではない。
僕は剣技を少し噛った程度の技量しかないけど、リリアーナは本来剣を握ったことさえ無いと言われても不思議ではない人物だ。それが見事なまでに使いこなしている。レネッフェが少し能力を引き出したと言っていたけど、これのことか。
絶え間なく続く剣撃に対して僕は防戦一方となっている。一番良いのは剣を破損させ、気絶でもさせて無力化することだが、中々上手くいかない。聖女の回復魔法は鼓膜以外にはしっかり作用しているので、腱を切ったところで治されてしまうし、多少の自傷は厭わずにとにかく攻撃してくる彼女は厄介だ。
このままずっとカレンさんがレネッフェに襲いかからないとも限らない。それは彼女には制限時間が存在するからだ。空気の入れ換えができれば良いけど、生憎この玉座の間にある窓は締め切られており、今確保している空気以外はレネッフェの匂いがする可能性が高い。入ってきたドアは開いたままだけど、目を閉じているのにどうやって上手い具合に空気を循環させろと言う話だ。下手をすれば即魅了される。そんなリスクを背負うくらいならレネッフェ目掛けて魔法をぶっ放すことを選択するだろう。例えその間に僕とリリアーナがいたとしても。だからあまり時間をかけたくないんだけど、ダメージを蓄積させられないのは相当やりにくい。
いや、正確に言うなら魔力を消費させてるから時間をかければ問題ないんだけど戦闘に支障が出るような傷でもすぐに治せるリリアーナと違って回復できない僕では大胆な行動の有無と言う差がある。これも戦闘を遅延させている要因のひとつだ。
このままじゃ埒が明かないっ。大体の眷属なら口パクでも通じるけど流石にリリアーナは無理か。
そもそも戦闘中に誰が相手の口元を注目するって話もあるけど、今のリリアーナは周囲の音が聞こえないので魔法を得意としている僕相手に魔法を警戒しない筈がない。ただの口パクでも動きは気になるのが普通だ。それがどんなものかを判断するのには相手の口の動きで何を言っているのか把握する必要があるはずなので元々リリアーナが出来なくとも能力を引き出したときに一緒に付け加えられていると思っていたけど、そんなことはなかったようだ。
「説得は無駄だって言ったつもりだけど?聖女は彼女自身の意思で貴方の前に立っているの」
レネッフェが呆れたように僕に教えてくれる。それは僕を混乱させるためのものか、それとも真実か。
レネッフェの言葉の真意を深く考えることはせずにニルボロフへと魔力を注ぐ。そして床に刃を滑らせるようにして切り上げ、リリアーナの足元にかけて氷を生み出す。
それをいとも容易く回避し、切り裂くリリアーナ。彼女を拘束するには不意打ちの氷では可能性薄いようだ。
このままだと持久戦になることは目に見えているのでひとまず狙いを変えることにする。
リリアーナの目的は僕を生きてさえいればどんなことをしてでも捕らえること。だとしたら例え僕が外へ逃げてもカレンさんに向かうのではなく僕を追ってくるだろう。
一旦飛行スキルで浮かび上がると近くの壁へ一直線に飛んでいく。
リリアーナは僕が突然不可解な行動をしたことに若干驚愕を顕にしたが、すぐについてくる。
リリアーナは飛ぶことこそできないが、魔法が使えるので飛んでる僕に何もできない訳ではない。寧ろ魔法の方が本業と言える。
僕は壁を法剣の能力であるサイズ調整で横薙ぎに振るう時に倍以上に大きくしたニルボロフで破壊しようとする。しかし、壁は思いの外硬かく、砕くことはできなかった。
勢いよく飛び、サイズ調整で大きくすることで比例するようにニルボロフの質量は上がったにも拘らず運動エネルギーが足りなかったとは思えない。
考えられるとすればそれは──
「ダメですよ?逃げようとするなんて、絶対に許しません」
背後に迫ったリリアーナはどうやら結界を足場にしているようだ。微笑む彼女の目は濁っており、仄かに殺気が込められている。
どうやら僕が壁を壊したい理由が逃げることだと勘違いしているようだ。
魔法とは極めれば大変便利なもので応用が効くものが殆んどだ。特に結界魔法は遮ることに関して言えば大抵のことは可能だ。魔法や武器から身を守ることは勿論のこと、音を遮断することだってできる。物質を通さない結界なら足場にすることだって可能だろう。
先月までのリリアーナだったら1級の結界魔法を維持するのに動けなかったのに、今では僕の全力で振るったニルボロフを防ぐことができるほど硬度の高い結界すら展開しながら別の結界を展開し、すぐに僕を追い詰めようとしてくるのだから恐ろしい。
振り向きながらニルボロフの魔力を解放し突風を起こす。
風にあおられ体制が崩れたことで生まれた隙にリリアーナに向かって空間固定の鎖を投げる。
壁を壊せなかったことに僕が動揺しているとでも思っていたのか勝利を目の前にして油断していたリリアーナの剣をそのまま空間ごと固定させることに成功した。
そんなことを知らずに剣を力いっぱい振るい、鎖を振り払おうとしたリリアーナはびくともしない剣によって致命的な隙を晒す。
「ちょっとごめんね」
リリアーナの意識を刈り取るとそっと壁をもたれかかるようにして寝かせた。
「レネッフェ。次は君の番だ」
僕の声に反応したかのごとく無数の魔法がレネッフェに向けて放たれた。どうやら僕とリリアーナが戦っている間にカレンさんが魔法を準備していたみたいだ。
しかし、魔法の弾幕が晴れてもレネッフェは先ほどと変わらない様子で玉座に座したままだ。リリアーナが予め魔法に対する結界でも張っていたのだろう。玉座の中心にした範囲のみ綺麗で他は焦げ付いた跡が残っている。
「そろそろかしら」
レネッフェの呟きに怪訝な顔を隠そうとしない僕。だけどカレンさんが2回目の魔法を準備し終わる直前に足音が聞こえてきたことでこれからやってくる誰かのことだと気づいた。
まさか、エマモネスか?ラミューラが……負けたとは思いたくないけど、あの口ぶりは誰かを待っているようなものだったはず。
カレンさんが準備し終わり、魔法を放つ。着弾と同時に結界の壊れる音がした。
天井一部はそのときに壊れたようで玉座の間に月明かりが差し込んでいた。




