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あの頃の貴方を取り戻す

 薄暗い広々とした部屋は仄かな光源がぽつぽつと壁や天井に備え付けられている。


 ここは人間の王城。その玉座の間には魔王が座る席はない。従える魔族もいない。けれど、今僕が目にしている光景はまさに、魔王が悠々と座してるかのような姿だった。


 カレンさんは目も耳も鼻も塞いでいる。本当は外で待っててほしいけど、本人たっての希望なのだから止めることはできなかった。風魔法で新鮮な空気を周辺に集めているので多少の時間なら行動できるとのことなので尚更に頷くしかなかった。


「待ちわびたわ。このときを」


 甘味が歯を蝕むように甘露の音が鼓膜に伝わる。そして、脳を蝕む。さらに、室内に充満している甘ったるい香りがそれに拍車をかけている。


「ようこそ。私のお城に」

「君の城ではないだろう?」


 まるで王様にでもなったかのような発言を僕は否定した。だが、実際国民は魅了されレネッフェの手に落ちている。ならば実質彼女が女王であると言っても過言ではない。それくらいのことを彼女はやってのけたのだ。


「いいえ。もう私の物よ。この世界すらも」

「大言壮語もいいところだね。……もう、終わったんだ。僕たちの出番は」


 だからこそ、僕はルフトへと転移した。もう、ロノアでは生き苦しいから。でも、それじゃダメだった。少なくとも彼女はロノアに取り残されて行き場を失ってしまった。


「何も……何も終わって無いわよ。私は、何もしてないじゃない……っ」


 レネッフェの表情からは苦しさが伝わってくる。出来損ないとして人体実験の被験体にされ、成功して生き残ったかと思えばずっと日陰で生きることを強いられた。

 彼女は言葉通り、何もしていない。


「ようやく、人並みに生活できると思ったのに。もう、こんな思いはしないって期待していたのに」


 レネッフェの言葉は、容姿は、本人の意志に関係なく他の者を蝕む呪いとなり、他者を虜にする。だからレネッフェには恋人どころか友人すらいない。何故なら家族すらも彼女の前ではただのYESマンになってしまうのだから。


「だけど、私の魅了が効かない存在がいた。私はそんな貴方が欲しい。他の誰でもない、トウヤが。でも、エヴァンはいらないの。エヴァンの身体も。例え中身がトウヤだったとしても、私は受け入れられない」


 それは告白だった。レネッフェは自分の思い通りになる人ではなく僕がいいと。


「この6年間、ずっと貴方のことを探していたわ。でも、現れたのはエヴァンの外見をした貴方だった」


 僕がルフトに転移したことはロノアではエヴァンしか知らない。と言うか、元々眷属たちにしか話していない。だから当然僕が魔王軍の四天王だったときの部下だったエマモネスにも伝えていない。もうロノアに居ないことをレネッフェは知らないのも無理はなかった。


「正直、絶望したわ。私は賢者だったあの頃の姿が一番好きだったから。吸血鬼はまだ譲歩できた。でも、勇者はダメ。その身体を見ると貴方ではなく、エヴァンを思い浮かべてしまう」


 中身が重要なのは確かだが、外身が一貫していないのは違和感しかない。それがただ見た目が変わるだけならともかく、今回はエヴァンと入れ替わっている。既にそれぞれの人柄を知っているのかどうかは大きい。


「賢者の身体を手に入れたとき、もう一度魂を移すことも考えたわ」

「それは……難しいな」


 僕が生き残ったのはすぐにソフィアが眷属になってくれたからだ。高位の吸血鬼は眷属がいる限り死ぬことはない。だけど、賢者と言う称号を持つ人間となれば話は別だ。いや、もう賢者の称号すらないのかもしれないな。


「ええ。でも、私なら、もしかしたらって思ったの」


 レネッフェがどうやって生還したのかは僕も分からないので何か方法があるのかもしれない。だけど、他人の命さえもどうこうできる能力があるのか?ただでさえ数多の人を魅了する強力すぎる能力があるのに?


「だから、試してみない?お願い、全てを捨てて私を選んで?」


 恐らくこれが最後の会話だ。慎重に答えなければならない。だけど、もう僕の答えは決まっている。


「ごめん。僕は、僕の眷属は絶対に手放さない。そう心に誓ったんだ」


 僕が吸血鬼でなくなった場合、12人の眷属は誰ひとりの例外無く死ぬ。それは低位の吸血鬼がそうだからなのと、主人の血液を摂取することができなくなるから。本能のままに理性無く暴れまわることは果たして彼女たちは望んでいるのだろうか。いや、僕はそうは思えない。


「そう。それが貴方の答えなのね」


 レネッフェは僕の答えが分かり切っていたかのように淡白に言う。そして、玉座の背もたれに身を預けた。


 コツ、コツ、コツ、コツ


 足音が聞こえる。それも後ろではなく、レネッフェの方から。だが、レネッフェは座ったままで足を鳴らしている様子は見られない。


「ここにいたんだ。通りで道中に見つからなかった訳だ」


 薄暗い性で鈍く光る金色の髪は後ろで纏められ、普段の動きやすさを兼ねたローブではなく、ドレスアーマーを着た聖女。リリアーナ・シャーノルンは杖の代わりに剣を携えている。


「案の定。魅了済み、か」

「そこまで重度のものではないから安心していいわよ。ただ──」


 一拍置いてレネッフェは言った。


「──鼓膜だけ破ってあるのと回復魔法は自分では鼓膜を治せないようにしてあるだけ。後はちょっとだけ能力を引き出したり、私の目的も話したけど、問題ないわよね?」

「問題しかないだろ……」ボソッ


 明らかにアタッカーにシフトチェンジしてるし、リリアーナの剣からはなんだか禍々しい雰囲気が醸し出されている。それだけで十中八九ろくな代物ではないことだけは分かった。


「リリアーナはまだ助けられるの?」

「当然よ。そこまで重度の魅了じゃないって言ったでしょう?後遺症無く正気に戻るわ」

「私が、取り戻さないと。本物の彼を。今度は、もう二度と失わない。だから──」ボソボソ


 リリアーナは剣を僕に突きつける。

 レネッフェの言うことが本当なら彼女は耳が聞こえず、能力が強化されて、レネッフェの目的を話しただけ。ならば目は正常に機能しているはずだ。にも拘らずレネッフェは躊躇無く僕に矛先を向けている。


 考えられるのはレネッフェの目的がリリアーナと一致したこととか?だとしたら恐らく僕が元の身体に戻ること。でも、それでリリアーナにどんなメリットがある?リリアーナは僕がエヴァンと入れ替わったことに対してそこまで否定的ではなかったはずだ。


「例え、四肢を切断してでも捕まえます」


 狂気に染まった聖女が微笑んだ。


「カレンさん。リアのことは僕に任せてください。貴女は手を出さないで」


 風魔法で強引にかつ繊細にカレンさんの鼓膜を揺らす。カレンさんは僕の魔法だから簡単に干渉を許したが、敵を相手にはそう甘くない。


 カレンさんが少し距離を置いてくれる。リリアーナはカレンさんのことは眼中にないのかずっと僕を見たまま変わらず歩いてくる。


「なるほど。鼓膜を破ったのは説得できなくするためか。それに、リア自身の独り言がより浸透していくようになる」


 それに、レネッフェがリリアーナを後遺症無く助けられると言った性で下手に傷つけられない──殺すことはできない。


 リリアーナは自身の間合いよりも少し手前で立ち止まり構える。


「武器を向ける相手を間違えるなんて、少しばかり悪戯がすぎるんじゃないの?これはお仕置きが必要みたいだね」

終盤とか言っておきながらそこそこ話数たってますね。プロットがスッカスカなのは予想されてるかもしれませんが、結構がばがばです。ですが、そろそろかな?とは思います。

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