葡萄
ヴィロナ視点
ラティアス・ノルザンシルに敗れたその翌日。泊まった場所は寮の余った部屋で個室だった。目が覚めたときには部屋のベッドにいたのでみんなの部屋は知らない。なので特にやることもなく散策していたのだが、自然とここに来ていた。それから十数分後に控え室のドアが開いた。
「昨日とは逆だね」
他学院から来た学生は例え負けたとしてもスカイ学院に留まり対抗戦の行方を控え室で見守ることになる。しかし、まだ日が登り始めたばかりの時間から控え室にいるのは多分私くらいだろうと思っていた。
「……ヴィロナがこんなに早いとは思わなかった」
「何だか寝付けなくて。なんとなく歩いてたんだけど、気づいたらここに向かってたみたい」
「分かる。私もそうだから」
ウィレムアは適当な椅子に座ると私を見ずに机に両腕を下にして顔を伏せた。
「ラティアス・ノルザンシルの試合を初めて見たとき、勝てると思った。けど、結果は惨敗」
「ごめん。私が抑えられなかったから……」
ウィレムアはそのまま首をふる。
「私が途中でユティナスの援護に回ろうとしたのが敗因」
「でも!私が余所見したのが決定的だったわ」
ユティナスが一時的に抜けても時間稼ぎくらいは可能だったはずなのに。予想外のことにいちいち驚いてしまった。
「それが悪手なのは間違いない。でもそれは私がいればカバーできた」
「ユティナスを助けにいこうとしたウィレムアの判断は間違ってないわ!仲間がピンチなのに助けないのは勇者パーティの名が廃るわ」
「ヴィロナも仲間」
「だからそれは──」
「違う。──」
この討論はハロフィムとユティナスが来るまで続き、ユティナスが「皆の力不足です」と言って終了した。
お昼を過ぎて、もうすぐラティアスの試合が始まる時間。私たちは試合開始時間よりも一時間以上前から待っていたので今か今かと待ち遠しい。
「そう言えば、ラティアスの相手ってもしかして」
「昨日のお昼に会ったあの子がいるチームのはず」
「あ、やっぱりそうなの?」
まだまだ子供なのにここまで勝ち進んできたんだ……。ラティアスのところとは真逆で周りにいた女子生徒が優秀なのかもしれないけど、なんとなくそうじゃない気がする。
「そろそろ始まる時間ですよ」
ユティナスの言葉に反応して私とウィレムアは画面へと視線を向けた。
始まってすぐにラティアスのチームの後衛の女子生徒が脱落した。それをやったのが同じ一年生の年下だと思われる男の子だと言うのだから驚きだ。ウィレムアの方をチラリと見れば目を見開き呆然としていた。
それからトウヤはラティアスに対して互角以上で渡り合っていた。それが私には信じられない光景に思えた。
ラティアスにトウヤの魔法が直撃したように見えた瞬間。映像が乱れ始めた。
「不具合!?良いところなのに!!」
ハロフィムが憤るのも分かるけど、私は怒りよりも疑問が上回った。
ただの不具合だとは思えない。
直感だったけど、それはすぐに正しいとわかった。
なにやら外からの大きな音が学院全体に響き渡る。
「な、何!?」
「ヴィロナ。落ち着いてください」
「どどどどうしよう!」
「ハロフィムも落ち着く」
取り敢えず外に出るとウィレムアが使い魔──黒天馬──を呼ぶ。自らの使い魔に跨がり空を駆ける。ある程度大回りをして戻って来たウィレムアの顔色は優れない様子だ。
「……学院で魔物が発生してる。それもCランク以上」
「冗談……じゃないみたいね」
ウィレムアの顔を見れば本当かどうかはすぐに分かる。
「何で学院で魔物が産まれるの?こんなところでそんなに強い魔物が産まれるなんて聞いたことないよ」
ハロフィムの言う通りだ。でも今はそれを気にしていられない。
「とにかく、ここから逃げましょう。ウィレムア上から比較的魔物の少ないルートを教えてください」
「任せて」
ウィレムアの黒天馬は4人も乗れない。2人なら大丈夫なので二往復半すれば全員逃げられるが、往復している最中に残った人が危険なので現実的ではなかった。
「こっち」
ウィレムアが上からルートを教えてくれるので比較的安全なのだろうけど完全に安全と言う訳ではない。突然現れる魔物もいるわけで、戦闘になることはあったが、上からウィレムアが魔法を撃てるし、今日は殆んど何もしてないのでBランクの魔物だろうと難なく討伐できている。
後少しで学院から出られる。そう思った時、視界の端に人影が写る。
「みんなちょっと待って。誰かいる」
ウィレムアを除くと私が先頭だったのですぐにウィレムア以外は立ち止まれた。しかし、ウィレムアは元々先にいるのもそうだが、私から伝わった情報を使い魔にも伝える必要があった。だから少し遅れてしまったのは仕方がないことだった。だけど、それは相手に気付かれてしまうことに他ならない。
「おや?おやおやおや?黒天馬に乗ってここまで来たのか。思っていたよりも優秀な存在がいたものだ」
ここからではその人物が白衣を着ているであろうことと薄紫の長い髪を持つことが分かるけどその格好だけでも学院の敷地内にいる不審者だと分かる。なにせ白衣を着る教員は保健室の先生のみで、対抗戦の敗者の様子を見ないといけない。ここにいるはずがないのだ。
「ここで何してる?」
「勇者パーティに所属している賢者か。私は……少々実験をしていてね」
「実験?とにかく逃げて。ここは危ない」
「勿論知っているとも。多少のリスクを背負ってでもこれは私にとってやらないといけない実験と言うことだ」
「忠告した。私はもう行く」
「ああ。私も長居しない予定だから気にしないでいい」
ウィレムアが上で方向転換した。恐らく迂回するのだろう。私たちがウィレムアの指示に従って先に進もうとしたとき先ほどの不審者がどこからか葡萄を取り出した。実を1粒もぎ取ったと思えばそれを捨ててしまった。
一体何がしたいのか、そう思ったのもつかの間。葡萄の実が地面に落ちたと同時に潰れ、瞬きの間に魔物が現れていた。
何してるの?この人。
「うん。成功だ。あとは能力だけど……」
スカイ学院に魔物が現れたことと無関係だとは到底思えない。私たち以外はまだ知らないだろう。それにヤツは長居しないと言っている。ここで私たちがやるしかない。なるべく生け捕りにしたいけどそれは相手の力量次第だ。
ウィレムア以外顔を見合わせて頷いた。みんな考えることは同じようだ。
事前に使い魔を呼ぶとウィレムアも気づいたのか魔法の用意をしている。
「ちょうどいい。勇者パーティとやり合ってみようか」
どうやらバレていたみたいだけど関係ない。ユティナスから補助魔法をありったけかけてもらい、私は白衣の人物を、ハロフィムは魔物に切りかかった。
勇者ちゃん逃げ出したけど、ラティアスとの戦いで自分が弱いことに気づいていたし、正直逃げられるかも分からないので他の生徒を助けるのはなかなか難しいのです。




