法剣ニルボロフ
リアが僕に抱きついて恍惚の表情をしていたが、今はそんなことをしている場合ではない。ここは一応魔王軍が管理していた研究施設なのだ。
「離れて貰って良いかな?」
「もう少しだけ「良いかな?」
「……分かりました」
リアはしぶしぶという感じだが離れて貰い先へ進む。所々で魔物と遭遇する機会があったけど、どれも大したこと無いので何の問題も無い。そもそもここは侵入されないようにするのがセキュリティの大部分を占めているのだ。あとの警備など被験体くらいしかいない。だから魔物としか戦っていないのだ。
しかし、油断は禁物。何故なら僕の身体(人間)が保管されているであろう場所へ近づくに連れてとある気配が濃くなってくるのが分かるからだ。十中八九ヤツだろう。
「ここにたどり着いたことは褒めてやろう。勇者エヴァンと聖女リリアーナ」
被験体の保管所に入ると1人の男がいた。濁ったような白い髪、深緑の瞳を持つこの男は予想通りの人物だった。
「この魔力はやはり貴様か。エマモネス・ドライハイム」
「あまり驚きはしないんだな。まあいい。ここに来た目的なんて聞かずとも分かる。トウヤの身体だろ?」
エマモネスはこの部屋に収納されている数多くの棺に向けて両手を伸ばし仄かに微笑んだ。
「悪いが、そう簡単に回収させる訳にはいかなねぇ。エヴァン。お前を貶める為にこの6年間努力したんだからな」
エヴァンを貶める?どういうことだろ?後で何があったのか教えて貰わないと。
「まさか貴様!この国の貴族たちに何をした!!」
「聖女らしくねぇ言葉使いだなリリアーナ。まあ、生憎その質問に答える義理はねぇ。さあ、お喋りはここまでだ。ここからは……」
エマモネスは左腕を振ると左側に仕舞われていた多くの棺から中身が出てくる。人型のものもあれば半人半馬などの人と魔物を合わせたものやそもそも人の形を残しておらず、魔物の姿のものまでいる。その数18。
全てこの研究所で行われた実験の失敗作だ。
「戦うしか選択肢が残ってないぜ」
チッ。してやられたか。
恐らくエマモネスから見て右側に僕の身体があるはず、だからこそエマモネスは半分だけ操ることで、僕の身体を持って僕らが逃げようとしても、身体を探すのに時間がかかり、かつ十分な戦力を確保している。更に僕の身体があるから慎重に戦う必要がある。中々どうして有効な手立てだ。
どうしようかと考えているとリアが魔力を高めていることに気が付いた。
「絶空結界!」
これは結界魔法1級で本来なら相手の攻撃を確実に防ぐが、結界の中からも攻撃出来ない最上位結界だ。それをこの部屋に残りの仕舞ってある棺に届かないギリギリまで展開して僕の身体の安全を確保する。
しかし、これはリアが動けなくなるデメリットがあるのだ。つまり僕はリアを守りながらエマモネスとエマモネスが操る18もの合成生物を相手しなくてはならない。
確かにこれしか方法は無いか。だけど、エヴァンの身体ではまだ戦闘したことがないんだよね。
なるようになる、という半ば投げやりな感じで魔力を練り上げる。
まずは雷魔法1級の迸る紫電を使う。その効果でエマモネスが操る被験体たちは動きを阻害され上手く動けていない。
これは指定した範囲に紫電を放出する魔法で格下ならば触れたものはしばらくの間身体の感覚を無くし動くことが困難になる。これは肉体的ダメージによって動けなくさせるので状態異常無効化で防ぐことが不可能で、格下ではなくとも、力が入りにくいだとか弱体化させるくらいの効果はあるので1級の名に相応しい魔法だ。
「チッ!相変わらず勇者さんは魔法の火力が段違いだな。けど、本来ならそれを相棒の聖剣に込めるはずだが、舐めてんのか?」
逃げ場などどこにも無かったにも関わらずエマモネスはそれを意に返さずに立っている。その手をよく見てみれば何やら細い糸が指に着いているのが分かった。
「魔剣でも手に入れたのか」
「おっ?気付いたか。そうさ。コイツは接断魔糸ユレイニアだ。能力は……自分の目で確かめることだな!!」
エマモネスが右腕を振るうことで絶空結界に細い切り込みが入る。しかし、それはリアが瞬く間に直す。
「へぇ。絶空結界を傷付けるのか。これは面倒な魔剣だ」
魔剣は必ずしも形が剣である必要は無い。そもそも僕の魔剣も剣の形はしていない。まあ、剣の形をしているのが大半なので魔剣という名前になったことから勘違いする者が多いのが現状だ。それに、魔剣の絶対数がそもそも少ないので魔王と四天王の中でも余程の強者でなければ魔剣は現れない。
牽制に適当な魔法を放つが、どれもユレイニアによって容易く対処されてしまう。
もはや魔法で仕留めるのは現実味が無いか。だけど、僕は魔法以外だとあまり自信が無いんだよな。いつもの短剣は常に装備してたから影の中にもないし……。ぶっつけ本番だけど、せっかくだしアレを使ってみるか。
聖剣はあくまでエヴァンだからこそ扱える代物だ。一応エヴァンの身体だが、僕が使いこなせる訳が無い。それはエヴァンが僕の魔剣を扱えないのと同じことだ。
故に僕は懐の影から金色に煌めく一振りの剣を取り出した。これはエヴァンが闇魔法を使えないので収納袋から取り出したように見せる為だ。
「聖剣じゃないのか。出し惜しみして負けるのはカッコ悪いぜ」
「そうだね。だから本気でいくよ」
これはハンターとして活動していた時に見つけた宝具で名を法剣ニルボロフという。
宝具はピンからキリまでの振れ幅が大きいことで有名で、これはなかなかの当たりだと思っている。付与された効果はなんと3つもある。装備品や家具を作るのが得意な眷属がいるのだが、彼女でも付与出来るのは精々2つなのだ。因みに普通は1つが限度で2つ出来るのはそれだけで世界で最上位に位置するのだ。
気になる付与された内容はサイズ調整、状態保存、魔法発現だ。
サイズ調整は文字通り大きさを変えるだけで、状態保存は破壊不能の上位互換と言っても過言ではなく、形は当然として切れ味や温度など剣そのものの状態が常に最高で戦うことが出来るのだ。
これでリオとやりあえば熱い思いをしなくて済んだのだが、これは瞬間移動が使えないのでこれ一本だと逆に威力や手数が足らず決め手に欠けているのだ。それに、わざわざこれを取り出すまでも無かった。あくまでこれは魔剣に次ぐ奥の手なのだから。
僕はあえてニルボロフのサイズ調整を使わずに元の大きさの片手剣サイズで戦うことを選んだ。
「本気とは言うがその剣が聖剣じゃないことが本気じゃない証拠なんだよ!」
ユレイニアをしならせるようにして今度は接断結界を切り裂きながら僕に向かってくる。
「聖剣だから本気って訳じゃないだろ?」
僕はニルボロフに魔力を込めるとその刀身が輝きを放つ。そして剣を振れば綺麗にユレイニアが切り裂かれた。
「ただの剣じゃないのは分かっていたが、ここまでとはな。だが聖剣を使わずとも俺を倒せると思うなよ!」
「やってみればいいさ」
まあ、正確には聖剣を使いたくない訳ではなく、使えないだけなのだが。
幾度となくユレイニアで攻撃を仕掛けてくるが、ニルボロフはそれをもろともせずに断ち切る。
「くっ!尋常じゃない魔力を込めてるのに何で魔力切れを起こさねぇんだよ!」
ニルボロフの最後の能力である魔法発現はニルボロフを装備することで魔法を扱えるようになる。つまり、ニルボロフにも魔力が宿っているのだ。それによりニルボロフの魔力さえあれば魔法を扱えるのだが、魔法を使えば当然魔力は減っていく。故に事前に魔力を溜め込む必要があるのだ。僕はニルボロフに毎晩余った魔力を注いでいるのでかなりの魔力を保有している。ユレイニアに込められている魔力以上の魔力でゴリ押しているだけなのでいずれ限界が来る。しかし、それにより早く片付けば何の問題も無い。
因みに、魔力さえあれば誰でも注ぐことが出来るからかなりの需要が存在する。
「まあ、僕は勇者だからね」
「ハッ!そうかよ!」
ユレイニアの攻撃が通じない時点でエマモネスは僕への有効打が存在しないと思うのは早計だろう。魔剣とは本来それほどまでに強力な物なのだ。
エマモネスに接近しその首目掛けて法剣を振るう……が、手応えが無い。
「今の俺がこんなに苦戦するとはな。一時撤退するしかねぇか」
聞こえてきた声はこの部屋の出入口、つまりリアの近くだった。
「リア!」
エマモネスに気が付いたリアは結界を解いて離れようとしたが、ユレイニアによって強引に操られた被験体たちによって捕らえられてしまう。
「させると思うのか?」
ニルボロフのサイズ調整で出来得る限りの大きさまで大きくさせる。それにより強引に剣先を伸ばし、そこから風魔法で暴風を巻き起こしリアから被験体を引き剥がす。
「チッ。これで解決したとは思わないことだな!」
そんか捨てゼリフを吐きながらエマモネスは被験体で足止めをしながら去っていった。
トウヤは護身用に短剣が扱えるけど剣も使えない訳では無いんですよね。理由としては元々護身用に色々接近戦が出来る武器を試していて剣をやってたけど、短剣の方が向いてたので切り替えた感じです。




