2 龍の(矛)盾
「お疲れ、帰ろうか。」
俺はバイトが終わり、セイラを迎えに来ていた。
「はい。」
夜中二人で歩いていると、背後に気配を感じた。ふと振り返ると、木の陰に黒い影が見える。
まさかと思い、走って駆け寄る。するとその影は、さっと消えた。
俺は、ストーカーだと思い、その人を追いかけたが、見つからなかった。
「誰かいました?」
セイラが不安そうな顔で聞いてきた。
「人影が見えたが、どこかに逃げて行った。」
「もしかして?」
「さぁ、どうだろう。とりあえず急いで帰ろう。」
「はい。」
警察に連絡しようと思ったが、した所であまり期待はできないだろう。
彼女を家に届け、俺は帰宅した。
家に帰ると、母さんは座りながら本を読んでいた。
父さんと梨花は、ソファーに座りテレビを見ている。
これがいつもの、家族の光景である。
「ただいまー。」
「あ、健人おかえりー。今日綺麗な女の人と歩いてたね。」
梨花に見られてたのか。
「あらー。ケンちゃん、彼女できたのね。」
「そんなんじゃないよ。とりあえず風呂入ってくる。」
そう言って俺は部屋にカバンを置き、風呂場へ向かう。
湯に浸かりながら、いろいろなことを考えた。
ここ数日俺の周りで起きた事。
セイラのストーカー被害に、道東金融と龍一の矛盾。
が結局、何一つわからなかった。
体がのぼせてきたので、風呂を上がり、ご飯を食べ、ベッドに入る。
次の日は、午後からバイトだったので、タイマーをかけずに、ギリギリまで寝るつもりだった。
しかし翌日の朝、電話がかかってきた。
「はい」
「北川君さん?いつ来ます?」
「あの、龍一からも連絡きたと思うんですけど、彼ちゃんと返済したらしいじゃないですか。」
「昨日も言いましたが、まだ返済をする前に、逃げられましてね。」
「でも昨日電話でちゃんと、、、」
「とりあえず、来てくれる?」
どういうことだ?ますます混乱した。
まだベットから出たくなかったが、面倒に巻き込まれる前に、解決したかった。
「北川様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
若い女性の受付の子が案内してくれる。
案内されるがままに、奥の部屋へ向かう。
すると、部屋にはすでに黒いスーツを着た男が座っていた。
「どうも、北川さん。とりあえずそこ座ってくれ。」
うわー、極道のドラマでよく見るタイプの、いかつい顔をした男だった。
「あの、さっそく本題なのですが。」
「まぁまぁ、そう焦らずに。これでもどうぞ。」
そう言って、お茶と茶菓子を先ほどの女性が持ってきてくれた。
「どうも」
「悪かったね、何度も実家の方に伺って。」
「いえ。」
「でも安心してくれ。君が借金をしているということは言ってない。」
「あの、僕は借金をしていません。龍一が返したと言っていました。」
「電話でもお話したけど、実は龍一と連絡が取れない状況だ。会社ももう潰れているから、どうしようもない。」
そんなはずはない。俺は反論した。
「昨日電話しましたが、ちゃんとつながりました。会社のほうも順調って言ってましたし。」
「北川さん。百聞は一見に如かずだ。私はこの目で見てますから。」
どういうことだろう。龍一の方が嘘をついていたのか。
不安になりもう一度電話をかけてみる。
・・・お掛けになった電話番号は・・・
繋がらない。
「ね?分かったでしょ?」
「は・・・はぁ」
俺はまだにわかに信じられなかった。
昨日の龍一の声、嘘をついているような感じではなかった。
「すいません。やはりまだ信じられないので、一度会社に行ってみてもいいですか?」
「仕方ない。それで納得するなら。」
俺達は会社に向かった。
そして俺は、道東金融の黒いバンに乗せられて、龍一の会社へ向かった。
バイトは遅れそうだ。連絡しておこう。
「あ、店長ですか。北川です。申し訳ないのですが、今日出勤を3時頃にずらしていただけないでしょうか?」
「めずらしいな。何かあったのか?」
「すいません。ちょっとトラブルに巻き込まれてしまって。」
「そうか。竹盛に早く来られないか連絡してみる。」
「助かります。ありがとうございます。失礼します。」
そして俺達は会社に着いた。道路脇に車を止め、ビルの中に入る。
なんだこれは。本当に空っぽで、差し押さえの紙が貼られていた。
一等地に建てられた、立派なビルだが、数年前に来た時にとはえらい違いだった。
この景色を見て、俺は確信した。
騙されたと。あいつは俺に嘘をついたのだと。
「北川さん、お分りいただけたか。あんまり友達は信用しちゃだめだぞ。では、来週までに利子だけでいいから、支払いよろしく。」
この状態を見せられたらもう何も言い返せなかった。あいつを信じた俺がバカだったのだ。
自分に腹が立った。
そして俺は、重い足を運んでバイト先に向かった。
「ちょっと先輩。どうしたんですか?先輩の代わりに俺が1時出勤になっちゃいましたよ」
「ああ、わりぃ。今度変わるから。」
「ちょっと、先輩テンション低くないですか?どうしたんですか?」
「悪い、色々あってな。」
今は、何も話せる気分ではなかった。
50万円か、、、今の俺には相当な痛手だな。
それから1週間が経ち、俺は未だに借金を返済できていなかった。
それもそうだ。50万円なんて俺にとっては大金だし、実家暮らしとはいえバイト代だけで返していくのは辛い。とはいえ、こんなこと親にはいえない。就職をしてないってだけでも心配をかけているのに、これ以上心配をかけたくない。
くそ、龍一。覚えてろよ。
さらに数日が経ち。
目の前に黒いバンが止まった。見覚えのある車だ。
「北山さん、久しぶり。返済いつしてくれるの?」
あぁ、また来やがった。道東金融。
「すいません。もう少し待ってください。」
「またそれ?もう聞き飽きたんだけど。
あなたが払ってくれないなら、こっちもそれなりのことをさせてもらいますよ。」
「ちょっと、それどういう意味ですか?」
少し熱くなってしまった。
周りにいた手下達が一気に、俺に向かってくる。
「あぁ、なんだその態度は」
胸ぐらをつかまれ、ビビってしまう。
「まぁ楽しみにしといてや。」
そう言って、俺を突き飛ばし、車に乗って消えていった。
どうしよう。俺は精神的に追い込まれていた。
その晩は、食事もせず眠りについた。
母が心配していたが、食欲がないのだからしょうがない。
次の日、俺はいつも通りバイトを終え、帰り道を歩いていた。
静まり返った暗闇。風に吹かれる葉の音だけが聞こえる。
ブオーーーーーー、キキィー。
いきなり黒いバンが俺の横に止まった。
そこからスーツを着た男たちが数人出てきた。
すると、逃げる間も無く頭に何か黒いものを被せられた。
「ちょ・・・なんだよお前ら」
俺は必死に抵抗した。しかし、相手は数人、体を持ち上げられ、車の中に入れられた。
「誰かー!」
俺は必死になって叫んだ。しかし、車はもう進んでいる。なぜか頭がぼーっとしてきた。何かの薬だろうか。それでも俺は、暴れ、叫び続けた。しかし・・・ついには、意識がなくなってしまった。
「なんだここは。」
ふと目をさますと、そこは真っ白の部屋だった。手足は椅子に縛られ、身動きの取れない状況だ。
見たことがある景色だったが、そんなことを考えている余裕はない。
「誰かー。誰かー。」
俺は必死に叫ぶ。しかし物音ひとつ聞こえない。
よく見ると、部屋の右隅にはカメラが設置されていた。あれで俺を監視しているのか。
すると、白い壁から、ある男が出てきた。
あんなところにドアがあったのか。
「北川様、お目覚めですね。」
スーツを着たく白髪の男だった。
「お前何してんだよ。ここはどこだ。」
「まぁまぁ、落ち着いてください。北川様には一度死んでもらいます。」
「ふざけるな。」
そう言って、俺は必死に暴れ、椅子が倒れてしまった。
「あらあら、大丈夫ですか?怪我しないでくださいね。大事な実験体なんですから。」
そう言って不敵な笑みを浮かべる。
「こ、、、このやろう。なんだよ実験体って」
「そろそろ、また眠くなる頃ですね。」
そう言って、その男は部屋を出て行った。
「おい、ちょっと待てこの野郎!
おい・・ちょっと・・・待て・・・・・」
再び目をさますと、俺は病院で横になっていた。
まだ、意識は朦朧としている。
周りには誰もいない。
起き上がろうとするが、体が動かない。
何かで押さえつけられているわけではないが、
うまく体が動いてくれない。
すると誰かが入ってくる音がした。
「北川君、意識戻ったのね。」
と言って、こっちへ向かってくる。
看護師だった。
「よかったー。すぐに家族に連絡するわね」
俺は、しゃべることさえできなかった。
1時間後、母と梨花が大急ぎでやってきた。
「ケンちゃん大丈夫?」
母が涙目で心配そうにこっちを見ている。
「健人。よかった。意識戻ったんだ。」
梨花は制服のままだった。学校を抜けてきたようだ。
「お父さんは、仕事が終わり次第すぐに来るらしいから。」
わざわざ来てくれなくてもいいのに。
「警察の人の話によると、あなた公園のベンチの上で倒れてたそうよ。
近所の人は最初寝てるんだと思ったらしいんだけど、二日間も動かないから警察に連絡してくれたんだって。
なにがあったの?あなた電話で友達の家に泊まるって言ってたじゃない。」
何だそれ、俺はそんな事言った覚えはない。
「何があったの。ケンちゃん」
母は俺の肩を掴み、泣きながら尋ねられた。
「まだ意識を戻したばかりですので。それにまだ、しゃべることもできない状態ですし。
もう少し時間がかかると思います」
そういって、看護師が母を俺から離す。
「そうだよお母さん、落ち着いて」
母はなんとか落ち着きを取り戻し、一度家に帰った。梨花も学校へと戻って行った。
なぜだろう。目をつぶっていても眠れない。
わからないことが多すぎて、頭が痛い。
眠りにつきたいが、いつまでたっても寝られない。
すると、再び病室のドアが開いた。
「健人さん?」
セイラだった。
「よかった。妹さんから連絡いただいて。」
いつの間に妹は、セイラとつながっていたのだろうか。
そんなことはともかく、俺は嬉しかった。
「まだ喋れないそうね。でも聞くことはできるかな?」
俺は返事をしたかった。でもできない。
「聞こえてるって信じて、話すね。」
「一昨日、この病院に健人さんが運ばれてきた時はびっくりした。意識を失ってて、二日間も倒れてたと聞いた時は正直、もうダメかもしれないと思った。だから、目を覚ましてくれて本当に嬉しい。」
そうか、確かセイラはこの病院でバイトしてるんだっけ。
「それで、梨花ちゃんが私に声をかけてくれたの。”兄を宜しくお願いします。”って。」
梨花が、そんな風に言ってくれてたのか。
「反抗期って言ってたけど、かわいい妹さんですね。それに、付き合ってるか聞かれたから、ちゃんと言っておきましたよ。まだ彼女ではないって。」
そういって笑った彼女は、本当に可愛かった。そして、“まだ”という言葉に心が躍った。
「それとね、健人さんも協力してくれた、ストーカーの件だけど、ここ数日は見なくなった。もう私に飽きちゃったのかわからないけど、とりあえずこれで一安心。協力してくれてありがとう。」
ああ、しゃべりたい。
くそ、なんで声がでねぇんだ。
「そろそろ私、学校戻るね。また来ます。」
そう言って、セイラは病室を出た。
三日前の誘拐がが嘘かのように、幸せな時間だった。
しかし、一体あれはなんだったんだろう。
とりあえず、今は体が動くのを待つしかない。
夜には父もきて、俺の安否を確認すると。
「また来る。」
と言い残して、帰って行った。
そして俺は、再び目を閉じた。
ふと目を覚ます。
気づいたら、朝になっていた。
様子がおかしい。
そうか、視界がはっきりしている。
あれ、、、体も動くぞ。
「治ったんだ。」
普通に戻っている。いったい俺はどのくらい寝ていたのだろうか。
とりあえず、ナースコールを押した。
すると、いつもの看護師が来た。
看護師は目が飛び出んばかりの驚いた顔をして、こっちを見ていた。
「北山くん!嘘でしょ?もう治ったの?」
「はい。もう平気です。体も全く問題ありません。」
異物を見るような目で、俺を見る。
「俺どのくらい寝てたんですか?もしかして、数ヶ月間起きなかったりして。」
「あなたは、1日しか寝てないわよ。昨日の時点ではまだ、体も動かなかったし、しゃべることもできなかったの。」
「え、昨日?」
あれは、昨日の出来事だったのか。
さすがに、自分の回復力が信じられなかった。
「ちょっと先生呼んできますね」と言って、慌てて病室を出る。
自分の手を見つめる。普通に動く。足を動かし、全身が動くのを確認する。
頬を引っ張り、痛みを感じる。
たった1日だけだが、全く体が動かないという事を経験すると、この普通のことでも幸せに感じられた。
そして、数十分後には母と梨花、そして警察が一緒に来た。
「健人くん。まだ回復したばかりで、大変だろうが話を聞かせてくれないか?」
「はい。」
見覚えのある刑事さんだった。
そうか、高松刑事だ。
そして俺は見たままの事を伝えた。
黒いバンで拐われてしまったこと。
白い部屋に監禁され、謎の男を見たという事。
「何か思い当たる節は?」
「いいえ、全く。」
「そうか。」
「あ、実は俺借金があって。道東金融って所に。」
「ケンちゃん、あなた借金してるの?」
母が間を割り、入ってきた。それもそうだ。驚かない訳がない。
「友達の代理人になっちゃって」
「それで?」と刑事さんが話を戻す。
「そこのお金を返せなくて、恨まれるとしたらあそこくらいだと思います。」
「なるほど、貴重な情報をありがとう。こちらでも、色々と調べてみるから、他に何か思い出したことあったら連絡して。」と言われ、名刺を渡される。
「以前、名刺頂いたので大丈夫です。」
「どこかでお会いした?」
なんだ、もう忘れたのか。
やっぱりストーカーの件も大して調べてないんだろうな。
「実は少し前に、」
プルルルル。着信音が鳴る。高松さんの携帯だ。
「ごめん、健人君。また後で。」
そう言って、電話に出ながら刑事さんは病室を出た。
「ちょっと、健人どういうこと?」
珍しく母が少し怒っている。
「ごめん、母さん。龍一って覚えてる?俺と同じ大学だった。何度か家に連れてきたこともある。」
「覚えてるわよ。」
「あいつが起業するからって、その道東金融にお金借りたんだ。まだ学生だったし、銀行じゃなかなか貸してくれないだろ。その時に、親の協力も得られないから、頼れるのお前しかいないっていわれて、代理人になっちまった。」
「なんで一言相談しなかったの?」
「ごめん。こんなことになるとは思わなかった。」
「それで今龍一君はどうしてるの?」
「それが、見つからないんだ。会社に行ってみたけど、すでに空っぽだった。」
「そう。でも、健人が無事でよかったわ。」
正直驚いた。さすがにもっと怒られると思っていた。
「なんとかそのお金は用意するわ。」
「それはダメだ。自分で返すから。なんとかして少しずつ返すよ。」
「そう。何かあったら、すぐ相談するのよ?わかったわね?」
「わかった。ありがとう」
「先生が明日には退院できるって言ってたから、また迎えに来るわね。」
「ああ、わかった。」
「行くわよ、梨花」
「はーい。あ、健人。セイラさんにも意識戻ったこと連絡しといたから」
と、なぜかニヤニヤしている。
「おう、サンキュー」
少し、照れてしまった。
再び、一人になってしまい。外の空気でも吸いに行こうと、屋上へ受かった。
するとメールが来た。
セイラからだった。
「もう治ったんだってね。正直信じられません。今日はどうしても行けそうにないから、
退院後に、食事でも行きましょう。」
「自分でも信じられない。もう今はピンピンしてるよ。また連絡する。」
久しぶりに見た空は、すでに茜色の澄み通った色をしていた。
こんな綺麗な景色を見たのはいつぶりだろう。
すごく気持ちのいい空気であった。
「お世話になりました。」
先生と看護師に挨拶を済ませ、母と病院を後にする。
「お腹すいたでしょ?どこかでご飯でも食べて帰る?」
「ごめん、俺バイト先に挨拶しに行かなきゃ。」
「それもそうね、じゃあ送って行くわ」
「ありがとう。」
バイト先につき、母には先に帰ってもらった。
「店長、急に休んですいませんでした。」
「事情は、親御さんに聞いているよ。大変だったね。」
「はい、ご迷惑をおかけしてしまって。」
「あ、先輩!もう大丈夫ですか?」
竹盛がこちらに気づき歩いてくる。
「おう、心配かけたな。もう大丈夫だ」
「よかったー。先輩来ないとバイトつまんないっすよ」
「おい、俺じゃ不満か。」
「違います、店長。そういうことでは、、、」
「まぁまぁ笑 二人とも本当に心配かけて申し訳ないです。明日からまたバイトに戻れるのでよろしくお願いします。」
と、挨拶を済ませ帰宅する。
歩きながら、セイラにメールをしてみた。
「今学校?無事退院したよ。今から家に帰る所。」
数分後、返事が来る。
「学校です。退院おめでとうございます。それで、いつにします?」
食事のことか。
「バイトが終わった後ならいつでもいいよ」
「じゃあ、私明後日休みなので、どうですか?」
明後日か。問題なし。
「OK。じゃあ明後日に。バイトが終わったら、
迎えに行くよ」
「&%$#@($&#^$(@*$&&$)@)」
ん?なんだこれ?何かの暗号化と思ったが、
「ちょ、壊れたか。」
携帯の画面もおかしい。操作が効かなくなった。
「ったくなんだよ、こんな時に。」
そう言って、電源を入れ直す。
すると何事もなかったかのように、携帯は元に戻った。
「あぶねー、焦った。」
メールボックスを開くと、
「わかりました。また明後日。」
というメールが届いていた。




