1 北川健人
俺は北川健人、23歳。
大学を卒業し、就職浪人という世間的に見れば落ちこぼれ男だ。
あまり将来に希望が持てず、今は、レンタルビデオ屋のアルバイトをしながら、なんでもいいから何か仕事でも見つけようと考える、そんな日々であった。
俺は4人家族の長男である。父は、無口で、必要以上に喋らない。昔はやんちゃをして困らせたこともあったが、いつも「自分が正しいと思うことだけをやりなさい」と一言。それで俺は反省させられていた。貿易関係の企業に勤めているが、もうすぐ定年退職するそうだ。
母は、ごく普通の主婦で、いつも笑顔が絶えない、可愛らしい人だ。ただ少し、心配性すぎる。
妹の名前は梨花。高校2年生で、見た目はごく普通の女子高生だ。ただ、最近は反抗期 真っ最中。大変な時期だ。
小さい頃は、父の仕事の影響で引越しばかりだったが、今は東京の東区で落ち着いた。
父が言うには、もう転勤はないとのことで、家族会議を行い、家を建てることにした。
家は2階建ての一軒家、父がローンを組み、念願の新居を手に入れたのは3年前のことだ。
特に不自由だった経験もなく、大きな挫折を味わったこともない。
そんな平凡な環境の中で育った俺は、あまり貪欲になれず、ただただ波風を立てないように生きてきた。
しかし、こんな俺でも夢くらいある。というより、あった。といったほうが正確だ。
それは、自分の会社を持つことだ。
会社といっても、小さなオフィスで、人を指揮し、利益を生む。そういうことに憧れていた。
中学の時たまたまある本を読んだ。全く覚えていないが、多分経済関係の本だろう。そこに書いていたんだ。「世界を動かすのは企業で、企業を動かすのは人間だ。つまり、人間を動かす企業になれば、世界を動かす存在になれる。」その言葉に影響を受けたのは事実だ。
そんな夢を抱き、大学では経済学を学んだ。
大学時代は、人並みに勉強はでき、特に必死で頑張ったというような、人に自慢できるようなことはないが、卒業はできた。卒業後も、独学で勉強は続けているが、昔ほど真剣には取り組んではいない。
景気は良くなっていると言われているものの、就職難に変わりはなく、起業どころか雇ってさえもらえない。
就職もせず、周りから早く就職しろと言われる辛い毎日だが、正直この生活がそこまで嫌いというわけではない。
早く自立したいとも思うが、親に甘えられるうちは甘えたかった。
「先輩、今日飲みに行きませんか?」
バイト中、後輩の竹盛が誘ってきた。
「いいけど、割り勘な」
あからさまに焦る、竹盛。
「ちょ、まじっすか!そこはお願いしますよー!」
「最近生活厳しいんだよなー。」
竹盛が俺を見つめる。
まぁ、こいつと飲むの楽しいからいいかと、つい承諾してしまった。
「わかったよ。じゃあ、いつもの店な!」
急に表情が明るくなる。全く、単純だなぁ。
「さすが先輩、太っ腹ー。ちなみに今日、女の子も誘ってるので!」
竹盛は俺とは違い友達が多い。まぁ、明るい性格だから、それもそうか。
俺も少しは見習わないとな。
「お前って知り合い多いよな。どうやって知り合うの?」
「ちょっと前に俺、入院してたじゃないですか。その時の看護師さんです。」
「まじか。お前イタリア人かよ。」
なぜか照れる竹盛。
「8時にいつもの店で、大丈夫ですか?」
「了解。8時な!」
バイトが終わり、俺は一度家に帰った。
「ただいまー」
「ケンちゃん、おかえり。」
いつものように母はキッチンで料理をしている。
「すまん、母ちゃん。今夜後輩と飲みに行ってくる」
「もうご飯できちゃうわよー。ちゃんと連絡してって言ってるでしょー」
「ごめん、母ちゃん。」
着替えをしに部屋に戻ろうとした時、
「ケンちゃん、さっき男の人が会いに来てたわよ」
「男の人?」
思い当たる節はなかった。
「なんかスーツ着た、強面の人。」
誰だろう。
「んー、わかんねぇなー」
「また明日来ます、って言ってたわよ」
「ふーん。わかった。でも俺明日もバイトだから、もし来たら電話番号渡しといて!」
「わかったわ。」
「サンキュー」
そう言って、俺は部屋に行き、着替えを済ませ、時間がないためタクシーを拾った。
スーツを着た強面、、、誰だろう。タクシーの中、ふと考えてみたが特に答えは出なかった。
そうこうしているうちに、目的地に着いた。入り口には竹盛が既に待っていた。
「ちょ、先輩!はやくはやく。もうみんな待ってますから」
「別に遅刻してるわけじゃないんだし、急かすなよー」
「そんなことより早く中入りましょ。可愛い子ばっかりですから、今日は」
「お、、、おう」
実は、少し緊張していた。女の子とお酒を飲むのは久しぶりで、それどころかここ最近ろくに喋ったことがない。
「先輩到着!こちら、バイトの先輩の健人さん。」
軽く会釈をする。
「こっちが、コトちゃんで、こっちがセイラちゃん。」
竹盛の言う通り、本当にかわいい子が二人座っていた。そして、俺の鼓動も更に早くなったのがわかった。
「初めまして。」
「初めまして、健人さん。」
「初めまして」
コトに続き、セイラも挨拶をする。
「じゃあ一人ずつ、更に自己紹介をお願いします」
相変わらず、竹盛はハイテンションだった。
「まずは俺から。竹盛和也、21歳の大学3年生です。先輩と一緒に、近くのレンタルビデオ屋でバイトしています。ちなみに、彼女はいません。よろしくお願いします」
パチパチパチ。
「健人です。今はフリーターです。えっと、、、宜しくお願いします」
「先輩、何緊張してるんですかー」
「うるせぇよ」
二人とも笑ってるから、まあいいか。
「じゃあ次、コトちゃんお願いします。」
「はーい。篠原琴子、21歳です。北城大学に通っていて、大学近くの病院でバイトしています。将来は看護師を目指しています。宜しくお願いします!」
「看護師ー!素敵ー!あとでいろいろ聞かせてねー。じゃあ次、セイラちゃん」
「はい。えーっと、、、。」
彼女も、緊張しているようだ。
「セイラです。コトちゃんと同じです。宜しくお願いします。」
彼女の緊張している姿がなんとも印象的で、可愛らしかった。
彼女の自己紹介が終わると同時に、店員さんがビールを持ってきた。
「みんなビールなの?」
「先輩いつもビールじゃないっすか。それにやっぱり乾杯といえばビールですよ!」
「じゃあみんな、グラス持って。先輩、一言お願いします」
「え、俺?」
「そりゃそうですよー。最年長なんですから!」
それもそうだな。
「今日はみんなよろしくね。乾杯!」
「かんぱ〜い」
カチャンと、みんなのグラスが音を奏でる。
「二人ははいつから友達なの?」
この質問をするだけでも、少し勇気を振り絞っていた。
情けない。もっと頑張らないとな。
「えっとー、小学校から一緒なので、ずっと前から知ってます。でも実際仲良くなったのは、大学に入ってからで。高校までは、特に話したことなかったんですよー」
「でもわかる。そういうことあるよね。たまたま同じクラスにならなかったとかで。」
「そうなんですよー。ねぇ、セイラ」
「う、、、うん。」
「ちょっと、セイラまだ緊張してるの?すいません、この子緊張しいなんで」
こういう場所、あんまり慣れてないんだろうな。
その後もたわいもないことを話しながら、時間は過ぎ、
「今日は楽しかった。みんなありがとう。」
ついつい楽しくなっちゃって、飲み過ぎてしまった。まあでもこいつに比べたら。
「先輩やっぱ強いっすねー。俺もうベロベロですわ」
「お前、そんなになるまで飲むなよなー」
竹盛が、不気味ににやける。
「先輩。俺コトちゃんと帰ります」
「そうか、方向が一緒なのか?」
「いえ、俺が家まで送るって約束したんです」
毎回感心させられる。俺もそのくらいガツガツしないとな。
「わかった。ちゃんと帰れるのか?」
「はい、なんとか。じゃあセイラちゃんをお願いします」
そうか、そうなるよな。
「おう」
と、いうわけで二人きりになってしまったのだが。
「家どこらへん?良かったら送るよ?」
「いえ、歩いて10分くらいなので大丈夫です。今日はありがとうございました。とっても楽しかったです。」
やっぱりかわいいな。この笑顔がなんとも言えない。
「わかった。気をつけてな。じゃあまた。」
「はい。ご馳走様でした。」
といって、軽く会釈をし、振り返って歩き出す。
しかし、ビルの角を曲がる手前で、動きが止まった。
再び振り返り、こっちへ戻ってきた。
なぜか、暗い顔をしていた。
どうしたの?と聞こうとしたその時。
「やっぱり、近くまで送ってもらっていいですか?」
なぜ気が変わったのかわからないが、正直嬉しかった。
「もちろん、まだ終電大丈夫だし。」
なんて、もう終電には間に合わない。もう少し彼女と居たい。そう思ったからだ。
「ありがとうございます。」
俺は暗い夜道を、アリスと一緒に歩いている。
こうやって二人並んで歩くと、こんなに身長小さいんだな。
さっきまで、あんなに笑っていたのに、なぜか急に沈んだ顔つきになっている。
「どうしたの?なんか表情暗くない?」
「・・・」
あれ?どうしたんだろう。
「実は私、、、」
沈黙が走る。
言いづらい事なのだろうか。
そして、ゆっくりと口を開く。
「ストーカーされてるんです。」
「え!」
正直驚いた。本当にストーカーっているんだ。
「いつ頃から?」
「1週間くらい前からです。」
「警察には行った?」
「まだ行ってません。どうすればいいかわかんなくって。親も仕事が忙しいので、なかなかかまってくれなくて。」
「そっか。明日午前中空いてる?バイト行く前に警察に一度行ってみよう。」
「え、いいんですか?」
彼女に少し、笑顔が戻った。
「もちろん。俺でよければいつでも協力するよ。もし何かあったらすぐ連絡して。」
「はい。助かります。あの、、、」
「ん?ああ、連絡先?」
「はい。」
そういって、連絡先を交換した。
女の子の連絡先が登録されるのは数年ぶりだった。彼女には悪いが、
この状況で少しだけ嬉しかった。
「ここです、私の家」
そこには、大きなビルが建っていた。
「高いビルだねー。何階に住んでるの?」
「62階です。」
可愛い上にお金持ちときたら、
俺とは世界が違うな。少し落ち込んでしまった。
「じゃあ、また明日。」
「はい。」
「朝10時頃迎えに来るね。」
「ありがとうございます。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
そう言って俺はタクシーを拾い、家に帰った。
家に帰ると、梨花がまだ起きていた。
「まだ起きてるのか?はやく寝ろよ」
「うるさい。健人も夜中まで遊び歩いてるくせに」
俺の反抗期は、こんなにひどくなかった、なんて思いながらも。
「はいはい。おやすみー」
深夜を回り、疲れていた俺は風呂にも入らず、
ベットで横になり、すぐ眠りについた。
なんだここは。
夢か?
真っ白な部屋の中。ここには何もない。
なぜだろう、頭の中がぽっかり空いている気分だ。あれ、体も動かない。ただ、その白い部屋を見ることしかできない。
ただ、恐怖を感じることもない。なぜだろう。
感情がコントロール出来てないのだろうか。するとその白い部屋が、一気に真っ赤に染まっていく。
視界の全てが赤になった。なんだこの現象は。
ピピピピピピ
アラームがなる。
そりゃあ夢だよな。
悪夢とは言えない、変な夢だったな。
ふと時計を覗くと既に、9時を過ぎていた。
急がないと10時に間に合わない。
そう思い、急いで支度をする。
1階に降りると、母が朝食を用意してくれていた。
「ケンちゃん、もうバイトなの?」
「いや、バイトの前に少し用事があって。」
「あらそう。ご飯は食べて行きなさいよ。」
「ああ、でも時間ないからトーストだけ」
俺の朝はいつもこんな感じだ。
「じゃあ行ってくる」
「はい、気をつけてね。あ、今日また、昨日のお客さんが訪ねてくると思うから、ちゃんと連絡先渡しとくわね。」
そうだった。黒いスーツの男。忘れてた。
「うん。よろしく。じゃあ行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
電車に乗ったのは久しぶりだ。バイト先までは歩いていけるから、電車はあまり利用しない。特にこの時間の電車は満員で、みんなスーツだ。
みんな仕事をしているんだと思うと少し、胸が痛くなった。加えて、俺も早く仕事見つけなきゃ、改めてそう思った。
そして、彼女の家に着き電話をかけた。
「おはよう。ついたよ!」
「今行くね」
当たり前だが、昨日とは違う服を着て彼女が階段から降りてきた。
どんな服でも可愛い。確かに、ストーカーの気持ちもわからなくはないかも。
いや、いかんいかん。良いわけがない!
「わざわざ来てもらってありがとうございます。」
「いえいえ、じゃあ行きますか。」
彼女はコクリと頷いた。
歩きながら、セイラの家族について聞いてみた。
「両親仕事で忙しいって言ってたけど、何の仕事してるの?」
「父は、ソフトウェア開発の企業を経営していて、母は、ジュエリーデザイナーをしています。」
なるほど、社長令嬢か。色々と納得できた。
「二人ともほとんど家にはいなくって。」
「二人とも仕事大変なんだね。兄弟は?」
「兄弟はいない。一人っ子です。」
「いいなー一人っ子。俺の妹今反抗期で、いつもうるさいんだよなー」
「健人さん妹いるんですね。」
「あれ?言わなかったっけ?」
「聞いてないですよ。初耳です。」
「そうだっけ。」
なんて話している間に、警察署についた。
中に入ると、受付係があり、そこに向かった。
「何かお困りですか?」
「はい。実は、、、」
言いずらそうだったので、代弁をする。
「彼女、ストーカー被害に遭っているので、相談しに来ました。」
「わかりました。少々お待ちください。」
「こちらの被害報告書の方に、記入をお願いします。」
「はい。」
彼女が名前や住所など、必要事項を記入する。
「書きました。」と一言。
「はい、少しこちらでお掛けください。」
案内された席に座る。
数分後、ガタイのいい男刑事がやってきた。
「初めまして。刑事の高松と申します。」
ストーカー被害の相談で、刑事が対応してくれるとは思っていなかった。
初めまして、と挨拶を済ませ、本題に入る。
「今回はストーカー被害にあったということで、よろしいですね?」
「はい。そうです。」
「では、そのストーカーの特徴はわかりますか?」
「背が高くて、スーツを着ていました。それだけしかわからないです。」
「どのくらいの頻度でストーカー被害に遭いますか?」
「ほとんど毎日です。1週間ほど前からストーカー被害にあうようになり、昨日は健人さんと帰ったので、問題なかったのですが。」
そんな頻度で被害にあってたのか。
「そうですか。今のところ、話をかけられるなどはありませんか?」
「いえ、それはまだ」
なるほどと納得した刑事さんが、
「名刺を渡しておきますので、何かあったらすぐに連絡してください。なるべく巡回の回数を増やせるようにしますので。」
「はい。ありがとうございました。」
お礼をし、警察署を出た。
「とりあえず、今夜も俺が送るよ。当分は、危険だからね。」
「本当ですか?ありがとうございます。」
「大学は何時に終わるの?」
「大学は3時頃終わりますが、そのあとバイトなので、帰るのは大体9時ごろになります。」
「今日は俺もバイト終わるのそのくらいだから、ちょうどよかった。じゃあまた後でね。」
「はい、また後で。」
アリスと別れて、バイト先へ向かった。
バイト先の事務所に入ると、竹盛がニヤニヤしながら寄ってくる。
「なんだよ気持ち悪いな。」
「気持ち悪いってひどいなー。それで、それで?昨日あの後どうでした?」
「別に何もないよ。セイラの家まで送って、そんで帰った。」
「なんすかそれー。彼女のこと気に入ってたじゃないですかー。」
「そういうお前はどうなんだよ?」
「俺は、もう次のデート約束しました。」
なんてやつだ。そういう所は後輩ながら尊敬できるよな。
その後も俺達は談笑を続けながら、制服に着替えた。
休憩中、電話がかかってきた。知らない番号だ。
「はい、もしもし。」
「北川さん?」
うわ、なんかガラの悪そうな声してるな。
「はい、そうです。」
「こちら、道東金融のものですが。」
「道東金融?」
例の家に現れたスーツの男か。
「北川さん過去に、刻山龍一の借金の保証人になってらっしゃいますよね?」
確かにそうだ。しかし、あいつは今仕事に成功して、借金も返済したと聞いた。
「そうですが、あいつはもう借金を返済したんじゃないんですか?」
「それがねー、あと50万円の返済を残して、飛んじゃったんですよ。」
なんだと。確か、最初は300万円借りていたはず。なぜ残り50万円払えなかったのだろう。
それに、今あいつの企業は景気がいいはずだ。
刻山龍一は1年前に起業した。その当時、どうしてもお金がかかるとの事だった。あいつには才能があり、必ず成功すると思った。親にも頼めないからって、結局俺が代理人になった。
「あいつの会社はどうなったんですか?」
「実は1ヶ月前に倒産してしまいまして。」
正直驚いた。と同時に、龍一が心配になった。
「というわけなので、色々と話をしたいのですが。」
「わかりました。明日の午前中に伺います。」
「はい。ではまた。」
そして、すぐ俺は龍一に連絡を取る。
飛んだということは、電話に出ないだろうと期待はしなかった。
プルルルプルルル
「はい。」
「龍一?健人だけど。」
「あっ、ケンちゃん久しぶり」
あれ、あっさり出たな。
「お前借金返してないの?さっき道東金融から電話あって、お前が飛んだって言ってたけど。」
「え?そんなはずはない。きっちり全額返済したぞ」
「そうなのか?じゃあ倒産したってのも嘘か?」
「なんだよそれ、縁起悪いこと言うなよな。売り上げも上々で、むしろこれからって時なんだぞ」
どういうことなのかわからなかった。
「お前が飛んだから、代理人の俺に50万返せと、電話があったが。」
「なんだよそれ。俺から電話してみる。迷惑かけて悪かったな。」
「あぁ、よろしく」
「今度のみにでも行こうな、じゃあ」
プー、プー
電話が切れた。
よくわからなかったが、とりあえず安心をした。
「ちょっと、先輩。いつまで休憩してるんすかー。」
「はいはい、今戻るよ。」




