膳助と彦八
松本弓が七歳になった夏に北端の岬から船で廻って東端の岬に柏原氏が来た。北府の御台所の息子と夫が家来を連れてきている。弓の父親で東府の大棟梁でもある菊地正道がそれを迎えた。叔母で執権でもある波もその対応をしている。
母親の桑はこの日の為に弓とその兄と姉に礼儀作法を躾けて舞や楽器の演奏を練習させていた。十三歳になる兄の詩郎は剣舞と太鼓、十歳になった姉の鞠は扇の舞と笛、まだ十分ではない弓は歌を唄う。
弓は神通力を勉強してそれを使って遊びたかったが、家臣達も桑もみっちりと仕込んだ。懇切丁寧に教えられ、怒鳴られたりも暴力を振るわれたりもしなかったが、失敗すれば何度もやり直しをさせられる。弓は面倒だとも思いつつも、他所から誰かがはるばる来た事に面白みを感じてもいた。
普段は気さくで優しい家来達が今日は神妙な顔で整列している。それだけでも緊張するが、見かけない人達も何十人か城に集まっている。大広間は三百人ほど集まっても余裕だが、今回は人が多すぎて狭く感じられる。その中心で舞と演奏を行うのだ。
客人達は男性ばかりな上に皆、体格が良い。大人しく礼儀正しく座っているが、威圧感を隠しきれていない。弓は鞠と詩郎を見やったが、二人も顔を強張らせている。それでも舞台に上がる。波の合図で始める。
弓は舞台での記憶は無かった。気が付いたらふらふらで舞台から降りて桑の近くに歩み寄って腰を下ろしていた。拍手されたが、成功したのか分からない。桑は御台所として奥から御簾を通して周りを観察している。桑をぼんやりとしか見えなかったが、弓は桑が微かに安堵しているのが分かった。
次に、北府の御台所の息子である柏原膳助とその父親で大棟梁である兵藤彦八が弓の舞と歌を唄う。膳助が舞い、彦八が唄う。弓は二人の見事な演技に驚嘆した。どちらも勇壮だ。彦八の調べに合わせて膳助が矢をつがえたり構えたり的に射たりしている。弓と矢を手先で回しながら優美に踊ったりもする。放たれた矢は見事に的の中心に刺さったので誰も怪我人はいない。
演奏後、皆は拍手した。弓も掌が痛くなるほど手を叩いた。その後、北府の者達は特産品を献上した。北方で豪雪地帯の北府では米よりも粟や稗を食べている。それらを三俵ずつ桑の前に置く。桑がシッカリと礼を述べると干し肉の入った袋と盆を置いて見せた。北府の漁師達は海に出て捕鯨している。また、鶴や白鳥を育ててもいる。その肉だ。桑は慇懃に礼を述べる。
返礼品として東府も米と鰯を北府の者達に贈る。膳助と彦八は正座したまま両手の拳を床に付けて頭を下げた。
その翌日から三日ほど、大人達は難しい交渉をしていく。その間に弓と鞠と詩郎は膳助の相手をする。十七歳の膳助は詩郎に色々と質問をする。詩郎も答えながら訊き返す。詩郎と膳助は様子をうかがう弓と鞠に噛み砕いて説明する。
弓は木で出来た人形と布で出来たぬいぐるみを持ってきて、それを虹色の糸で操って膳助の前で寸劇をした。膳助は器用な神通力に素直に感嘆して拍手しながら誉めた。近くで護衛していた北府の家臣達や東府の家臣達も微笑んだ。
しかし客人に慣れたのに、北府の彦八は膳助と家臣達を連れて帰って行った。威圧感の有った男達は意外と普通だった。声を荒げる無礼者もましてや狼藉をはたらく者もいなかった。弓と鞠と詩郎は手を振って海に出る船を見送った。




