威厳を匂わせる家族
松本弓は五歳になった。八歳になる姉の鞠も十一歳になる兄の詩郎も毎日遊び相手になる。最近では家臣達から読み書き算盤を教わり始めてもいる。朝食後から昼までは勉強で、午後からは兄姉と庭で馬跳びしたりかくれんぼしたりする。時折、詩郎は家臣達に連れられて弓術や柔術や剣術の稽古をする。その間に弓と鞠は家臣や親戚から神通力の講義を受ける。
神通力は女の半分しか持っていない。残りの半分の女達はその代わりに子どもを産む能力が発達している。弓は掌から虹色の糸を出し、その糸で物を捕らえて動かせることが去年分かった。一方、鞠には神通力は無いが体幹も足腰も丈夫でいかにも子どもを何人も産めそうな期待を持たれていた。
東府の将来の御台所は鞠、執権は弓だと皆から予想されている。弓は面倒臭いと思った。沢山勉強しなければならないからだ。また、大人になっても仕事をしなければならない。現在の執権は叔母の波である。波は朝から晩まで家臣達と話し合い難しい資料を読んで指示を出している。色んな所にも外出している。その真似を弓はしなければならないのだ。
多忙な波とは五日に一度は朝食と夕食を共にする。波は弓や鞠や詩郎の成長を素直に誉めている。しかし弓には嬉しい反面、重荷でもある。家臣達から「御館様」と呼ばれている波は威厳が有って近寄り難い。
一方、父親である菊地正道は数ヶ月も家にいない時もあれば、毎日のんびりと城内に過ごす時もある。弓や鞠を可愛がり、詩郎に武芸を教えている。普段は気さくだが、家臣達から「大棟梁」と呼ばれている。その時の正道には貫禄がある。東府の領土の見回りと、他の府との調整で正道も多忙だ。船や徒歩で色んな所に赴く。
秋になると波も正道も更に忙殺された。家来達も緊張した面持ちだ。母親の桑が弓に説明する。
三年に一度、東西南北の四府の大棟梁と執権がまほろば帝国の中央に位置する京に集まる。一ヶ月ほど滞在して帝から今後の噴火や地震や津波の予想を聴き、対策を話し合う。その他にも色々な利害調整や貿易も行う。帝は帝国一番の最高権威であり、男性で唯一神通力を持つ家系であり、災害を正確に予知出来る。この大事な集まりを上洛祭と呼んでいる。
上洛祭の時にはどこかの府で代官を入れ替える。今回は西府百二十郡を統治する代官達がその下の町村から選ばれる。町の年寄や村の名主が一人一名ずつ指名して最も多く支持を得た者が新しく代官になる。
五歳の弓には難しい話だが、桑が一生懸命に話すのでそれが大事なのだろうと何となく分かる。桑は普段は優しい母親だが、桑もまた、「御台様」と呼ばれる時は凛として近寄り難い。
冬の初め。家臣の一割が何隻も船に乗って京の有る富嶽に向かう。弓は詩郎と鞠と桑と共に港の見える高台に行き、遠くから見送る。いつもは男女で別々に行動していた家臣達が一丸となって旅に出る。普段、女達は執権である波、男達は大棟梁である正道と行動を共にしていた。
遠目から波と正道は緊張しているが、仲は悪くないようだ。また、イチャイチャするわけでもない。恋慕も色欲もよく分からないが、幼心に弓は波と正道が浮気しないと何となく分かった。




