松本氏の婿
柴埼郡深沢村から東岬郡針塩城に婿入してきた角倉平太は二十歳になった。御台所になる松本鞠と結婚してから約三年の月日が流れている。鞠とその母親の桑と家臣達から叱咤激励を受けながら公務を補佐している。表舞台に立つことは殆どなく、礼儀作法を教わりながら雑用をこなしていた。平太が家事や経済活動等の労働を直接する事はなく、事務作業や会議の準備をしている。城に定期的に集まる郡の代官の様子も広間の隅でうかがう。
村で農作業を続けた方が疲れるが気楽だった。しかし何とか慣れた。鞠は想像以上に温和で優しい上に御台所である桑も根気強く見守っている。
鞠の父親で大棟梁ある菊地正道と兄の詩郎は海路で他の府に行って交渉したり府内を見回って治安を守っているので城を留守にしている。仕事を終えて帰った後は半月ほど休むがその間も武芸の鍛錬に励んでいる。その時に平太は剣術・弓術・柔術を仕込まれる。喧嘩や戦いに興味が無かった平太には苦行であったが、耐えた。詩郎も正道も旅の疲れが取れていないのに平太が困るほど鍛えさせる。農作業や重い荷物を長い距離を徒歩で運んだりして平太は体力と筋力に自信が有ったが、胆力が足りていない。一気に集中して的や相手を狙い撃ちをするのは難しい。
また、正道と詩郎は何度か平太を船に乗せて東府の中心を流れる川を遡ったり、逆に沖合に出たりした。商船や漁船を見せて領民達の暮らしや経済や産業を平太に観察させる。また、船の構造や動かし方も教える。正道と詩郎の的確な合図と掛声で家臣や水夫達は大きな船を動かす。風や波を読みながら他の船と衝突せずに進んでいく。平太は驚嘆した。時化の時は船酔いしたが無事に岸に到着した。
御台所になる鞠の夫になっても、正道と違って平太は大棟梁にはならないだろう。次期大棟梁は詩郎だ。詩郎は二十六歳になるが結婚していない。平太と鞠の間に男の子が生まれたらその子が更に詩郎の跡を継ぐので、詩郎が子宝に恵まれる必要はない。詩郎本人が割り切っているし、周りも何も言わない。性欲を持て余しているわけでもなく、男同士で遊ぶ遊郭にも通わない。
鞠の妹の弓も執権である叔母の波と共に政務を補佐している。平太と同じ歳だが精力的に励んでいる。鞠を心配し平太には厳しいが、怒鳴りもしないし暴力も振るわない。平太は弓に畏怖しているが弓の優しさも感じている。弓は波を慕い家族思いでもあり、領民達に思いを馳せている。
ここ一年ほどで徐々に鞠を抱けるようになった。鞠が痛がらないように緊張しながら慎重に性行為をした。頻度は十日に一度ほどだが鞠も慣れて楽しむようになった。
そのせいか最近、鞠の妊娠が分かった。平太はなるべく鞠の近くにいて支えようとしている。悪阻に時折襲われるので鞠は医師から処方されて妊婦用の薬を飲んでいる。針も灸も受けている。平太の母親の桂は四人の子どもを生んで全員夭逝せずに育ったが、出産は命懸けだ。平太は妻子の息災を祈った。
弓は後ろ髪を引かれる思いで帝国中心部の京に行く。上洛祭だ。波の補佐として次期執権として帝に会いに行くのだ。重要な役目とは言え、何時も堂々としている弓も緊張するのだと平太は意外に思った。




