鞠の決断
三十人全員が御台所の娘である松本鞠に会って半日近く質疑応答した。角倉平太も数日前に鞠から色々と質問を受けたが、シッカリと答えられなかった。無礼の無いようにしようとするあまり、却って緊張してぎこちない言動をとってしまった。鞠の心証は良くないはずだ。元々、突然の縁談に成功するわけがないとは思っていたが、平太は罰が下るかもしれないと恐れた。
帝国の五分の一を占める東府の最高権威になる鞠。その鞠と直接会えたのは不思議であったが、温和である事が分かった。むしろ鞠の後ろにいた妹の弓の視線が平太には身体の奥まで突き刺さる思いだった。弓は平太と同じ歳だが将来は執権になって鞠を支えるのだ。まだ大人になりたてなのに二人共、貴人らしく威厳があった。
役人達に案内されて男達は針塩城内に入って行く。大広間に誘導されて並ばされると正座する。木の床に直接座るので長居すると足が痺れる。
間もなく御台所と鞠と弓が奥の出入口から静かに入って来る。平太も男達も頭を下げる。御台所は御簾の奥に座り、弓と鞠はその手前に立った。御簾でぼやけているが御台所は畳の上に更に大きな座布団に座っているのが何となく分かる。やはり本物の御台所だと平太は思い直した。
御台所はここ半月の受け答えについて労った。男達は頭を一度、床に付ける。弓が頭を上げるように命じたので、男達はそれに従った。御簾を通しても御台所の威厳が伝わってくる。鮮やかな絹の着物にきらびやかな櫛と簪。柔和な笑みの中に鋭い眼光で心中を見透かされているようだ。
弓は鞠を見やり、
「姉上。どなたになさいますか」
と、尋ねた。男達は固唾を飲む。鞠が誰をも選ばないことも有り得る。男達は全員が鞠を畏怖しており、期待していない。
鞠は周りを見渡す。平太と目が合う。平太が驚くと鞠は笑顔で、
「お前だ。角倉平太」
と、指名された。男達は息を飲んで振り返る。平太は呆然とする。弓は低く大きい声で、
「返事をしろ、平太」
平太は両手をついて頭も床につけた。他の男達も同じ事をする。
男達は弓の合図で立ち上がり、広間から出て行った。不思議そうにしているが不満そうにしているわけではなかった。弓は残った平太に上体を起こすように命じると、今後について説明した。東府を出入り出来る札と縁談成立を証明する書簡を家来が平太の前に置く。それを大事に持って一度は帰省し、じっくり家族や友人に報告する。年明けの早春に式を挙げるので、それまでにこちらに早めに戻って準備をする。式の練習と準備をする。
平太はぼんやりと聴いていた。まだ嘘臭く感じられた。それに気付いた弓がギロリと平太を睨み、低い声で、
「平太。今更拒むのか」
平太は慌てて正座から更に跪き、
「滅相もございません。おっしゃるように致します」
と、返事をした。
話が終わると弓の合図で平太は書簡と札を持って立ち上がろうとする。しかし足が痺れてフラフラだ。弓の溜息と鞠の笑い声小さなが聴こえる。平太は恥ずかしくなって急いで広間を出て行った。
地味な百姓である平太が選ばれた。平太自身、信じられないが本当であった。




