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期待しない待機

 順番が来るまで角倉平太は府が用意した宿で大人しく待機していた。こちらは港に近いので窓からは海が臨める。帝国の有る霊山の富嶽からこちらの岬まで流れる川も見える。大小の沢山の船が頻繁に往来している。人も沢山集まり商人達や水夫達が大きな掛声で荷物を下ろしたり運搬したりしている。カモメ等の鳥が鳴いている。賑やかだ。何時まで眺めていても飽きない。


 今まで北府の国境近い内陸部の柴埼郡深沢村で暮らしていたので、平太は何処までも広がる海と遥か遠くから流れてくる大河川に圧倒されている。農村もそれなりに刺激が有ったが、まるで別世界だ。


 府に仕える高級の役人達が時折、宿の様子をうかがう。平太は部屋の中から正座して頭を下げる。役人達は平太の顔色と声色を確かめて異常が無いと分かると本を貸す。それを読んで時間を潰すのだ。


 食事は毎食出される上に美味い。旅費も食費も支給されている。平太は待機しながら本を読み、時折服を洗って乾かして着替える。毎日、役人に銭湯まで連れて行かれて身体を念入りに洗う。農作業ばかりしていた平太には不思議な生活だ。十日ほど続いている。


 しかし、曇りの今朝、順番が来た。役人に連れられて針塩城に向かう。緊張して腹が重い。身体も強張る。これから御台所の娘である松本鞠に直接会って受け答えしなければならない。それが昼まで続くのだ。場合によっては東府を統治している松本氏の婿入りすることになる。それが未だに嘘臭いと思っているが、鞠に会うのは事実のようだ。


 似た様な立場の年頃の男は平太を含めて三十人いる。同じ宿に泊まっているので選択する時やかわやに行く時に顔を合わせている。最初は挨拶し合う程度だったが、今では世間話をし合う仲になっている。皆、心配そうな顔で見送っている。


 将来、御台所になる鞠の夫になり得るけれども、皆はどことなく他人事だ。一人しか選ばれない上に皆素朴な性格をしている。恋愛にも権力にも興味が無い。しかし仕事には誇りを持っており、何が出来て何をしてきたかを自慢している。他人を蔑んでいるわけではないので嫌味は無い。


 平太は農作業を頑張ってはいたが、政務に全く自信は無い。恐らく次期大棟梁は御台所の息子の詩郎が就任するのだろう。仮に平太が鞠に選ばれても何も期待されないだろう。子宝に恵まれた後、その子ども達を大事に養育するのだろうが、政務を任されたり政治の表舞台に立つこともないだろう。


 村でずっと農作業をしていた方が気楽だったのかもしれない。松本氏に婿入りすれば礼儀作法を毎日厳しく指摘されるだろう。しかし、平太は選ばれるとは思わないので、一ヶ月もしないうちに深沢村に戻れるだろうと考えている。

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