旅に出る
角倉平太は十七歳になる。二十三歳になった長姉の鋤は名主である叔母の桐を十分に補佐している。貫禄が出てきた。去年の夏に台風が起きて水路が決壊しても村の人達を適切に避難させたり男達に田畑や家を建て直させたり老人や子ども達を叱咤激励したりしていた。
二十歳になる次姉の富は冬の終わりの今年の正月に祝言を挙げている。婿入りしてきたのはこちら深沢村と同じ柴埼郡だが近くの松里町から来た料理人の隅原和彦である。和彦は不慣れだが富・平太・鋤の父親である筆岡鉢兵衛が懇切丁寧に農作業を教えているので懸命に手伝っている。料理人なので炊事は完璧だ。二十四歳になる和彦は半ば結婚を諦めていたので富との祝言に喜んでいたし、夫婦仲も悪くない。
平太は何年も前から旅に出たがっていた。労働した分だけ誉められるので家族に不満は無かったが、和彦が婿入した今、居座り続けるのは居心地が悪い。姪や甥が生まれたら更に気まずくなるかもしれない。さりとて結婚をしたいわけでもない。町に行って何処かに雇われて自活して気ままに過ごせれば良いと漠然と思っていた。
鉢兵衛と母親の桂にそれを話すと否定も肯定もしなかった。神通力の女達が結婚せずに仕事に励む分、男達もその女達の数だけ独身になる。そんな男達が性欲を持て余す場合、町の遊郭で男同士で性愛や性交渉を楽しむ。町に行った時に遊郭の存在を知った時には驚いたが、第三者を傷付けるわけでなければ蔑む必要もない。興味が無ければ近寄らなければ良い。
まほろば帝国には男ばかりの遊郭が多い。不正や犯罪が無いか役人になった女達が定期的に武装しながら視察するぐらいでそれ以外に女達は近寄らない。女同士の性愛も有るが、遊郭を必要とするほどではない。神通力の有る女達や子育てをある程度は終えた年増の女達が内密に交流するぐらいだ。男達は更に遊郭以外での性愛を楽しむことがあるが、色恋沙汰で問題や犯罪を起こすと郡の代官所に突き出されて牢屋に入れられる。
平太は今まで男にも女にも恋愛感情を持ったことはなかった。よく働く女や優しい女や美しい女に憧れるけれど、突き動かされる様な感情は無い。町に行っても遊郭には行かない気がした。
府の統治者である執権と大棟梁がまほろば帝国中心部の京に行く上洛祭の前のある晩。夕食後に桂が神妙な顔で家族に手紙を見せた。
突然、平太が東府を治める御台所がいる東岬郡針塩城まで来るように命令が下っている。手紙の筆跡も紙の質も紙の入った箱も東府の御台所の祐筆の者で間違いが無かった。桐も鋤も確認している。
御台所の娘の婿を東府は一生懸命に探している。それはこちら深沢村にも伝わっているが、平太に白羽の矢が刺さるとは平太を含めて誰も予想していなかった。婿の候補は三十人いる。その中に平太は選ばれたのだ。
平太は嘘臭いと思ったが、旅に出られる口実にもなった。何かの間違いだと門前払いされても平太はかまわなかった。
翌日。平太は急いで支度する。桂も鉢兵衛もそれを手伝う。何時もは動きやすい麻の服を古くなるまで使うが、鉢兵衛は綿の新しい服を用意して着せる。




