第百二十二話/御遣い
王京では復旧工事の作業音が連日響き渡っている。
精力的な住人達と騎士団の献身で、京内は以前の街並みを取り戻しつつあった。
徐々に、都会の喧騒も戻り始めている。
雑踏の中に響くトンカチを叩く音が日常になった王京の真ん中、建物被害が比較的軽微だった王宮から、賑やかな声が聞こえてきた。
「姫様!お待ちください!」
「嫌ですー!来ないで下さい!」
宮殿内の廊下を走り抜けるメイを、カティがハサミを手に追い掛ける。
「何故逃げるのですか!前髪をバッサリ…いえほんの少し整えるだけでございますよ!」
「今バッサリって言いましたね!?」
「言ってません!」
「言いましたー!」
「ええい何ですか!そもそも姫様の前髪は長すぎるのです!」
「敢えて長くしてるんですよこっちは!」
「それはお忍びだったからでしょう!?もうすぐ勇者の任命式もあるのですよ!」
「だからですよ!式典中はフレイムティアラで髪は上がりますからそれで良いでしょう!?」
「王女ともあろうお方がそんな!」
「ああもう…しつこいですよっ!」
メイはフレイムティアラを解放すると、足元に小さな爆発を起こして加速する。
「あっ、姫様!」
そうして加速を繰り返し、カティを大きく離したところで角を曲がる。
「えっ…わぶ!?」
曲がった先にあった大きな影に気づいた時にはもう遅く、メイは正面から衝突した。
「あァ…?」
「あっシュテン殿…!」
飛び込んだのはシュテンの腹だった。
「…なんだァ?」
「あの、えっと…!」
後を追うカティが角を曲がる。
「姫様!」
そこには既にメイの姿はなく、あるのはシュテンの大きな体だけであった。
「…シュテン殿、こちらに姫様が来なかったか?」
「……知らねェ」
カティとシュテンの視線がかち合ったまま、静寂が流れる。
えも言われぬ緊張感が場を包む中、その雰囲気を壊すようにカティの肩が叩かれた。
「カティ副団長?騒ぎ過ぎだよー」
「コウ殿下!?…いやしかしこれは」
「全部聞こえてたよ。いいじゃないの前髪くらい」
「し、しかしですね」
「それよりこんな大騒ぎ、下手したら国王執務室まで届いちゃうよ?」
「ぐ…」
カティは大きな溜息を吐く。
「承知しました。この件は諦めましょう…しかし殿下、あまり姫様を甘やかされますと…」
「はいはい、小言は訓練所で聞くから、今日もリハビリお願いしますね」
「あ、ちょ、殿下!」
そのままカティはコウに連れられて行った。
「真面目な人っスねぇ」
奥からマンジュが姿を表す。
「姐さん、もう出てきていいっスよ」
マンジュが窓を叩くと、下の掃き出し窓が開いてメイが出てくる。
窓の外に張り付いていたらしい。
「はぁ…助かりましたシュテン殿」
「ん…あァ」
「でもなんで髪切らないんスか?戦闘にも邪魔になりそうっスけど」
怪訝な顔をするマンジュに、メイは笑う。
「あはは…いえ、少し恥ずかしいのはあるのですが、旅を続ける上で不必要な混乱は避けたいので」
「ふぅむ…一理あるっスね」
「よお、揃ってるな」
後ろから声が掛かり振り返ると、アンナが手を振っていた。
「今日時間あるか?ちょっと頼まれて欲しいんだが…」
アンナの頼みというのは、武器職人のエイカンへ発注書を届けて欲しいというものだった。
「ほんとはバカ兄貴の仕事なんだけどよ、あのバカ今日までの発注だって忘れて、別の任務に行きやがったんだ…私も今日は、騎士団の作業を手伝う約束があってな…悪いんだが、シュテンとマンジュは面識あるし、頼まれてくれないか?」
特に予定もないメイ達には、断る理由も無い。
三人はその足で街に降りた。
「せっかくだからサッサと終わらせて遊んで帰るっスよ!ね!アニキ!」
「んァ?…あァ」
「マンジュ殿、仕事に集中してくださいね」
「そういう姐さんだってソワソワじゃないっスか」
「そ、ソワソワなんてしてません!ほら、早く行きますよ!」
メイが早歩きになる。
「あ、ちょっと姐さん!迷子になるっスよー!」
マンジュも走り出し、シュテンも後を追おうとした時、何かがシュテンの手を引っ張った。
「あァ?」
「ん?アニキどうしたっスか…って」
マンジュが振り返ると、シュテンの手を握る小さな男児の姿があった。
困惑するシュテンに対し、その子供はまっすぐ目を見て口を開いた。
「…パパ」
「…あァ…?」
眉を顰めるシュテンに対し、マンジュは雷が落ちたような戦慄が全身を襲った。
「こ、これは…」
纏まらない思考の中、意を決して走り出す。
「た…大変っスー!姐さん、姐さーん!アニキに…アニキに子供がーっ!」




