第百二十三話/迷子
「お名前、言えますか?」
「エーワ」
「この方はパパですか?」
「ちょっと違った」
メイは立ち上がると、大きく深呼吸する。
「…マンジュ殿、どこにシュテン殿の子がいると?」
じとっとした視線を送られ、マンジュは慌てて言い返す。
「だ、誰だって間違えるっスよ!あんな風に子供が出てきたら…」
「シュテン殿は東から来て、王京より東にあるコーシの街で我々と出会ったのですよ?こんな所に子供がいるわけない事くらい、少し考えればわかることじゃないですか」
「そんな事言って、姐さんも飛んで来たじゃないっスか!」
「それは貴女があんな一大事みたいに言うから!」
「おねーちゃん達、ケンカはダメだよ?」
子供に窘められ、バツが悪くなり二人揃って黙る。
「…こほん。それで、エーワ殿はパパをお探しなんですね?」
「うん、パパ迷子なの」
「迷子はアンタっスよ…」
「お家はこの辺りですか?」
「うーんと、あっち」
エーワが指さした方向には、一つだけ居住区がある。
「じゃあ、行ってみましょうか。お父様も探してるかもしれません」
「…うん」
エーワの手に力が入ったのを、握られたシュテンの掌が感じ取った。
「…………?」
「ここ、ですか?」
「うん、ボクんち」
「しかし…ここは…」
エーワの道案内で一行が辿り着いた場所で、彼が自宅だと指さしたのは、どう見ても瓦礫の山であった。
「エーワ、本当にここであってるっスね?」
「うん、生まれた時から住んでる家だもん。間違えないよ」
メイが手元の瓦礫を拾い上げる。黒い煤が付着していた。
「火事の痕…いえ、これは…爆発痕、ですね」
「…って事は、姐さんもしかして」
メイの顔が曇っていく。
「エーワ殿、家が壊れたのは先月ですか?」
「うん」
「そう、ですか…」
メイは瓦礫を持ったまま視線を上げる。
周りをよく見ると、この辺りはまだ復旧の手が回っていないようで、道路の穴や崩れた建物があちこちに点在していた。
苦虫を噛み潰したような顔のメイに代わり、マンジュが口を開く。
「壊れてからは何処で寝泊まりしてるっスか?」
「うーんとね…えーっとー…?」
エーワは眉間に皺を寄せたまま、首を傾げた。
「あんまりよく覚えてない」
マンジュは腕を組んで唸る。
「…うーんじゃあこうするっス!アタシと一緒にこの辺歩いて、逸れた父親探すっスよ!」
マンジュが手を伸ばすと、エーワは少し悩んでからシュテンの手を離した。
エーワの手を取ったマンジュは、メイの背中を叩く。
「んじゃ、アタシら行ってくるっスから、アニキと姐さんはここで父親が来ないか見といてくださいっス!頼んだっスよ!」
「え?あ、はい!」
「じゃ、行ってくるっス!」
「おにーちゃん、おねーちゃん、またね」
二人が駆け出して行くと、次第に静寂に包まれていく。
「…親、かァ」
「え?」
ふと声が聞こえたメイが顔を上げると、シュテンは先程までエーワと繋いでいた手をじっと見つめていた。
「…シュテン殿?」
「なァ…メイ」
「は、はい?」
いつにもなく神妙な面持ちのシュテンに、メイは少し緊張を感じた。
「…父親ってのァ、なんだァ?」
メイはシュテンと目を合わせたまま、数回瞬きをする。
「シュテン殿は…」
口を開くが、ふと言い留まる。
解答が貰えると思ったシュテンは、フリーズしたメイを見て怪訝そうな顔になる。
ひとつ、咳払い。
「いえ、えーっと…そうですね。父親とは、ですか…」
メイは自身の父親である国王を想起する。
しかし彼はメイ達の父親でありながらも、国民の父でもある。
ただメイに見せる父親としての姿と、国王として民に見せる顔のギャップが大きく、ついメイは笑いが込み上げる。
「…ふふっ」
「……......?」
シュテンの顔が更に困惑に染まるのを横目で感じ、急いで口を開く。
「ええ、そうですね。父親というのは、口では厳しくも優しい目をして、大きな視点でみんなを支える柱のような、そんな家族です」
「…家族」
シュテンが最後に出てきた単語を反芻する。
「家族、かァ…」
その言葉に、メイはドキリとする。
一度は飲み込んだ言葉が、もう一度口をつく。
「その…シュテン殿、シュテン殿の…」
「おーい、アニキー、姐さーん」
ハッとして前を向くと、マンジュがエーワを肩車して手を振っているのが見えた。
メイは平静を装いつつ、ゆっくりと大きく息を吐いた。




