第百十九話/合流
ホエンの身体が支えを失って勢い良く地面へ倒れる。
「ホエン殿!…くっ」
メイは駆け寄ろうと身体に力を入れるも、立ち上がる事すら出来ない。
「マンジュ殿!そちらはまだですか!?」
「もう少し…もうほんの少しなんス…!」
マンジュの顔を汗が一筋走る。
その時、ヨーローの杖が発していた緑色の光がゆっくりと引いて行った。
レーワは安らかに寝息を立てている。
「終わったっス…!次!」
マンジュは直ぐに駆け出すと、ホエンの傍へ滑り込んだ。
そのまま杖をホエンへ押し当てる。
「頼む…間に合ってくれっス…!」
生きている限りどんな怪我でも治すヨーローの杖だが、それは逆に言えば既に息絶えた者に対しては効果を発揮しないということ。
張り詰めた空気が一帯を包み込む。
全員がヨーローの杖へ注目する中、ホエンの身体を緑色の光が包み込んだ。
回復が始まった。
マンジュを始め、その顛末を注視していた全員の肩から力が抜けた。
「…良かった」
メイも例外では無く、安堵の溜息と共に全身の力が抜け、その場に突っ伏す。
「…おィメイ、大丈夫かァ?」
視界に現れた大きな足を見上げると、シュテンが眼前でしゃがみ込むところだった。
「ええ、少し気が抜けただけです…その、少し手をお貸し頂いても…?」
「あァ?…あァ」
シュテンが手を伸ばすと、メイは笑顔でそれを取った。
「…立てねェのか?」
「あはは…お恥ずかしながら、そのようでして」
「そォか…よっとォ」
「え?わっ」
シュテンはメイの腕を肩に回すと、そのまま抱き上げた。
「ちょ、シュテン殿!?」
「あァ?手貸しゃいィんだろォ?」
「それはそうですが…うぅ」
急に顔を伏せるメイを見て、シュテンは訝しそうに眉をひそめた。
「と、とりあえず、ホエン殿の側へ参りましょう!」
「…あァ」
メイが指さすままにシュテンは歩き、マンジュの横で屈んだ。
「マンジュ殿、ホエン殿の様子は…なんですかその顔は」
「別にー?なんでもないっスよー?」
そう宣うマンジュは明らかに楽しそうであった。
メイが咳払いすると、マンジュは笑顔のまま続けた。
「心配ねぇっスよ、ちゃんと回復は進んでるっス」
ホエンの身体を見ると、全身を包む痛々しい火傷は徐々に消え、元の白い肌へ戻りつつあった。
「ホエン殿…よく頑張ってくれました…」
その様子を見ていたアンナも大きく息を吐いた。
「なんとか全員無事終わったか…」
「いやぁ、良かった良かった」
横でクロの治療を受け続けるショージがアンナの肩を持って「うんうん」と頷いていた。
「ショージ兄、まだ傷塞がんねぇのか?待ってんだけど」
「うーん…譲ってあげたいのは山々なんだけど…」
ショージが何かに気付き、顔を上げた。
アンナもその視線を追うと、庭園を包む薄暗がりの中、何かの目が光った。
「おい、ショージ兄…」
「まだ休ませてくれないみたいだね」
近づくにつれ火に照らされたのは、オークであった。
それも一体ではない。
「…姐さん、ちょっとマズいっスよこれは」
「…そのようですね」
気付いたら、見渡す限りをオークの群れに囲まれていた。
「オークがこんな群れで動くなんて聞いた事ないぞ」
「そりゃそうさ、この状況から生き残れる人間は稀有だからね」
「他人事みたいに言うじゃねぇか…」
アンナは痛み続ける腹に力を入れ、剣を握った。
「アンナ、動けるかい?」
「動けなくても動くしかねぇだろ」
「本当は絶対に動かしたくないんだけど、そんな余裕は無さそうだな…」
「馬鹿言え、私ゃ奥で護られるか弱い姫じゃねぇんだよ」
「僕にとってはいつまでも可愛い姫だよ」
「うるせぇバカ、行くぞ…!」
アンナが立ち上がろうとしたその時、目の前でオークの頭が音を立てて爆ぜた。
「な…!?」
面食らっていると、他のオーク達も次々に爆発していく。
まるで首元に爆弾でも仕込まれていたかのように、みるみるうちに全てのオークが頸を喪っていった。
「これは…」
取り囲んでいたオークの壁は崩れ去り、その息遣いは全て消えて静寂が包み込んだ。
「あ、アニキ、なんかしたっスか?」
「んァ?俺ァ何もしてねェ」
「えぇ、シュテン殿ではありません…この技、この魔法は…」
メイが言い切る前に、後ろから足音が聞こえた。
「諸君、皆無事か?」
男性の声に振り返ると、視界を塞ぐようにカティが駆け寄ってきた。
「オニ党!オニ党だ!皆大丈夫か!?」
掴みかからんばかりの迫力のカティに対し、メイは微笑みを返す。
「カティ殿、そちらこそご無事で何よりです」
「ひ…メイ嬢」
言い直すカティに対し、メイは肩を竦め笑う。
「カティ殿、呼びやすいように呼んでください」
「え…それはつまりその」
「ええ、そういう事です」
カティが唖然としていると、後ろから男が近寄ってくる。
頭にフレイムティアラを輝かせた中年男は、カティの横に立つとまっすぐメイを見つめる。
メイは視線を合わせると、笑みを返す。
「父様、今の魔法は父様の火炎魔法ですね。ありがとうございます」
「造作も無い事だ…む…」
国王は冷静に返答するも、どこか険しい顔をしてシュテンの膝に収まるメイを見ていた。
「父様…?」
メイが怪訝な表情を浮かべると、国王はおもむろに手を伸ばす。
「ん?あ…え!?父様!?」
そのままメイを抱き上げてしまった。
「おおメイ!会いたかったぞー!」
「わああああ!父様!人前ですよ!」
「構うものか、こんな小さな娘を旅に出してたんだぞ!どれほど心配した事か!」
「いくつだと思ってるんですかーっ!」
魔力切れで抵抗も叶わないメイは、父にされるがまま揉みくちゃにされ、声だけが虚しく木霊した。




