第百十七話/勇者の予言
ゴブリンの群れと対峙していたメイは、寒気がする程の強力な妖力を背後に感じ、一瞬気が逸れる。
ハッとして意識を正面に戻すと、ゴブリン達の動きが明らかにおかしくなっていた。
冷や汗をかく者、奇声をあげる者、武器を落とす者、総じて戦意を喪失した様子で、一匹が逃げ出すと総崩れとなり、反乱狂で散り散りに去って行った。
「これは…?」
メイは困惑の中、背後の気配を確かめようと振り返った。
「…すげぇ」
ふと、アンナがそう零した。
アンナだけでは無い、その場の全員がシュテンへ釘付けになっていた。
各所の火事が街を照らす宵闇の中、フレイムティアラを輝かせるメイ以上の煌めきで、シュテンは黒く輝いていた。
「…………勇者だ」
ボソリとそう呟いたのは、ショージだった。
「なに?」
アンナが聞き返すと、ショージはゆっくり上体を起こす。
「神話の末文は知っているだろう?」
「ああ、勇者タイカの予言だろ?」
「……隙間なく全てを照らし、四方何処からでも見えうる希望の炎」
「それって確か…勇者の再来を予言したものっスよね…?」
「…おいショージ兄、あんたまさか」
「ああ…見てみなよあの炎、どの方向からも見える。予言の内容と一致しているだろ?それに、彼には魔族を単独で討伐出来るだけの力がある…」
「でもシュテンは異人だぜ!?オニっていう異種族だ。ありゃ魔法とは違うって本人が言ってたしよ」
「でも現に、魔族が復活したタイミングでここにいる。予言とも一致してるし、何より彼にはそれだけの力があるじゃないか」
「それは…」
アンナはそれ以上言い返すことは出来なかった。
「勇者の…再来…」
メイは自らが発する炎を視界の隅に揺らめかせ、まっすぐシュテンを見据えた。
「また遠ざかっていくのですか…?」
振り返ったシュテンと目が合う。
全員が自身を見ている事に気が付き怪訝な顔をしている。
自分が何を為したのか、まるで理解していない顔だ。
そのあまりにもいつもと変わらないシュテンの様子に思わず溜息が零れたとき、メイは気付いた。
「…っ!」
シュテンのすぐ背後で、魔力が練り上がっていく。
形造られていく邪剣は、いままでのどれよりも鋭く重厚になっていた。
恐らく、アラタが道連れにと全ての魔力を注ぎ込んだ代物だ。
今にも振り下ろさんと、シュテンの脳天を狙い澄ましている。
「シュテン殿っ!」
メイは咄嗟に前へ跳ぶと、自身の足元で爆発を起こした。
爆風に乗り、飛躍的に距離を稼ぐ。
数百メートルはあったシュテンまでの距離を二歩で詰めると、下から上へ刀を振り抜いた。
「はああああっ!」
炎を纏った刀身は邪剣を捉え、押し合いとなる。
「ぐっ…」
「ははは…ははははは!」
視界の奥でゆっくりと、アラタは起き上がった。
「鬼を庇ってわざわざ死にに来るとは滑稽だぞ人間!」
「はあああああああっ!」
両手にとてつもない衝撃が走り続けている。
腕が震えるのを必死に抑え、邪剣を押し返そうと声を出す。
その時、頭の上を拳が通り過ぎた。
それはメイのドウジギリと同じ軌道で邪剣とぶつかり、大きな金属音と共に弾き返した。
「はぁっ、はぁっ…」
メイの両腕に掛かる力が無くなり鋒が地面に付く。
「メイ…なんで来たァ」
「身体が…咄嗟に…」
「はははは!健気だな、自分より強い者を生かすが為に、肉の盾となりに来たか」
「…違い、ます!」
メイは整わない息を無視して鋒を上げる。
「どちらかの為に犠牲になるのでは無く、二人ともが無事に生き延びる為、背中を預け助け合う!それが人間同士の仲間です!」
メイは真上を見上げて笑う。
「ね!シュテン殿!」
「…………あァ、それが人間らしィ」
シュテンが「ふん」と鼻を鳴らすと、アラタが地面へ拳を叩きつけた。
「下らん…仲間など、自分が強くなる為の踏み台でしかない!絶対的な主を守る為の盾でしかないのだ!」
遥か上空へ吹っ飛ばした邪剣が、空を切る音と共に急降下して来る。
「シュテン殿、お耳を!」
「あァ?」
風音が近づく中、メイは半ば強引にシュテンを屈ませた。




