第百十二話/一飛
庭園に鈍い金属音が響き渡る。
「ぐ…っ」
受け止めきれなかった刃が脇腹を掠り、思わず膝をつく。
鋒に血を纏った剣は浮遊し、仁王立ちで腕を組んだ使い手の元へ戻る。
「……人間、お前の根性に敬意を払って忠告する、退いて出直せ。鍛錬を続ければ、いつか私に傷を付ける事も叶おう」
ショージ=ヴェイングロリアスは剣を地面に突き立てた。
「ははっ…そんな将来の事なんか、今この場を守る事に比べたらひとつも重要じゃないね」
全身から血を滲ませ、肩で呼吸しながら膝を立てていく。
「人間の剣士よ。その行動に、将来の名誉に勝る大義はあるのか」
「大義だぁ?」
姿勢を整え、剣先で相手を捉える。
「ここで退いたら可愛い妹に嫌われちまうんだよ、それ以上の理由なんかあるものか」
「そうか…」
アラタは深く息をつき、頭上の剣へ魔力を乗せる。
「ならせめて、疾く楽にしてやろう」
禍々しい魔力の渦が、剣を取り巻いていく。
「逝け」
「待てえええぇぇッ!」
振り下ろす直前、そんな声にふとアラタの手が止まった。
声の主は、上だ。
顔をあげると、大剣が落下速度を味方につけて振り下ろされる瞬間だった。
アラタが剣を横向きにして受け止めると、金属音と共に地面に亀裂が走り、衝撃波が砂煙を巻き上げた。
思わずアラタが一歩引くと、着地もそこそこに大剣を薙ぐ少女が迫って来た。
「人の兄貴に何してくれてんだぁ!」
大剣を払う重い音が場の空気も切り裂く。
「アンナ!?」
ショージが叫ぶとほぼ同時に、背後に何かが落下した音が轟いた。
驚いて振り向くと、砂煙の中に人影が見えた。
「あはははは…このゾクゾク堪んねぇっス」
「ち、ちょっとマンジュ殿!せっかく貴女の提案でシュテン殿に抱えて一飛して貰ったのに、余韻に浸っていたら意味無いじゃないですか!ほら、早く降りて…ん?シュテン殿どうされました?そんな神妙な顔して」
「なんか背中が温けェ」
「え?…ってああ!ホエン殿がしがみついたまま気絶してます!」
「飛ぶ前に忠告したんスけど無駄だったっスねぇ…」
「いいからマンジュ殿は早く降りて下さい!ほらホエン殿!起きてくださーい!」
「…湿っぽィ」
着替えを取り出しながらホエンの頬を叩き続けるメイをポカンと眺めていると、マンジュが近寄ってくる。
「ほら、ここは一旦お嬢たちに任せて少し退るっスよ」
「え?あ、しかし…」
マンジュに腕を引かれながら、ショージは前を向き直った。
アンナがひとり、愛剣を振り回しているのが見える。
アラタは見極めるような目付きでそれを捌き続けていた。
「お嬢なら大丈夫っスよ!それに…」
二人を挟んで二つの影が前に出る。
「シュテン殿!私は後ろを死守致します。アンナ殿のサポート、よろしくお願いします!」
「あァ、任せろォ」
シュテンが手首を回す。
その両手には、真新しい篭手が装着されていた。
「あの二人がいれば大丈夫っスよ!」
ショージは並び立つメイとシュテンの背中と、その奥で奮闘するアンナを仰ぎ見る。
「…わかった、一旦下がってみよう」
ショージは、笑顔でマンジュに応じた。
「さぁ急ぐっス!先にあの坊主の傷を塞がないとなんスから!」
ショージはハッとして足に力を入れる。
目線をレーワへ向けると、さっきより血溜まりが広がっている。
できるだけ駆け足で寄ると、マンジュは手を口に近付ける。
「…よし、まだ息があるっス!」
「助かるのか?」
「死んでなければ杖は使えるっスよ!…ほぼ確実に!」
会話の間に魔導鞄からヨーローの杖を取り出し患部に当てる。
「…頼むっスよ」
魔力を込めると、レーワの全身が緑色の光に包まれる。
みるみるうちに傷口が塞がっていくのを見ていたショージだったが、首筋を何かが這うのを感じた。
「うおっ!?」
驚いて首を引くと、自身の肩に陣取った白蛇と目が合う。
「あ、君は確かシュテンが首に巻いてた…」
「クロっスよ」
クロはおもむろにシャーと鳴くと、ショージへ回復を掛け始める。
「これは…」
「クロ、お手伝い感謝っス」
マンジュが笑いかけると、クロも応えるように目を細めた。
そこへ後ろからゆっくりと近寄る影があった。
「レーワ…」
ホエンがレーワへ寄り添うように座り込む。
すでに傷は塞がっているが、回復はまだ終わっていない。
レーワの幼い身体が受けた損傷の酷さを物語っている。
「…レーワ」
「言っとくっスけど、回復しきっても意識が戻る確証まではないっスからね」
「ああ…わかってる…」
ホエンはレーワの細くて小さな手を強く握り締めた。
ショージはその様子を見て、ひとつ溜息をついた。
「少しは良い仕事が出来たかな…」
マンジュが振り返ると、ショージはクロを地面に放しており、立ち上がって腕を伸ばし始めた。
「え…何やってるんスか!?」
「この仕事をもっと良くしなきゃいけないからね」
「十分やったっスよ!回復したとはいえアタシらも来たんスから…」
ショージが、指を立ててマンジュを制する。
そして微笑んだ。
「お兄ちゃんってのはね、妹の前では常にカッコつけたいんだよ」
前を向き直り、剣を抜いた。




