第百十一話/選択
「今の話、本当なのか...?」
アンナの問いに、ホエンは目を伏せたまま静かに頷く。
「し、信用出来ないっスよ!」
マンジュが声を上げ、ホエンを指差した。
「その女がやってきた事、忘れたんスか!?きっとまた何か企んでるんスよ!そのアラタとかいう魔族と!瀕死の子供もお嬢の兄上も作り話に決まってるっス!」
「しかし…レーワ殿が彼女を探していたのは事実ですから、身を呈して庇う可能性は十分にあります」
メイの意見に、アンナは肯く。
「ショージ兄がレーワの子守りをしてたのも事実だ…」
「それに何より、今私たちに魔族の情報を話すのは得策とは思えません」
仮に罠だとしたら、魔族が相手と分かれば警戒を強める事になり成功率が下がる。
それにホエンは、オニ党が魔族カイドウを討ち取ったことを知っている。
「っ、スけど…」
マンジュはトーンダウンするも、納得はしていない様子だ。
ホエンは大きく息を吸った。
「…ウチの事は信じなくていい。この場で斬り捨ててもらって構わない。だがあの子だけは…レーワだけは無事にジンシンへ帰って欲しいんだ…頼む…」
ホエンが再び頭を地に付ける。
その様子に、アンナとマンジュはメイと目を見合わせた。
「うーん…」
メイは横を向いて顔を上にあげた。
「どうしましょう、シュテン殿」
「あァ?あー…」
シュテンに細かい事情は理解出来ない。
だが、なんの判断を委ねられたのかは分かった。
行くか、行かないかだ。
人間の行動を観察したいシュテンは口を出さず行方を見たかったが、聞かれたからには鬼の流儀で回答するしかない。
「…一旦行ってから考えりゃァ良ィ」
メイはシュテンの目を見たまま一度瞬きすると、マンジュとアンナの方を向き直った。
三人は顔を突き合わせると、頷き合う。
「アニキがそう言うなら文句ないっスね」
「ま、元々行くつもりではあったしな」
「ふふ、シュテン殿の言葉は頼もしいです」
「あァ…?」
なにやら分からないが行く事になったらしい。
「そうと決まれば…」
メイが再び視線を上げる。
目を向けたのはシュテン…ではなく、その肩に巻き付くクロだ。
「クロ、お願い出来ますか?」
クロはシャーとひと鳴きすると、一飛びしてホエンの肩へ乗り移る。
「え?」
ホエンが困惑しているうちに、その身体は緑色の光に包まれた。
「これは…」
その肩を乱暴に叩かれたかと思うとわアンナが正面にしゃがみ込む。
「人の兄貴を囮に使ってんだ、もうひと働きして貰うぜ」
その言葉を聞いて、じんわり温まってきた体のせいか、急激に目頭が熱くなる。
「あ…ありがとう…っ」
目から溢れ出るものを抑えられない中、懸命に言葉を紡いた。
メイ達はそれを黙って見ていたが、そうでない人物が一人いた。
「はは、はははは!滑稽ですねぇ!」
ハッとしたメイは刀に手を掛けて振り返る。
「ワドゥ!」
そこには、いつの間にか動ける程に回復していたハンチング帽の男が、壁に凭れたままこちらへ嘲笑を向けていた。
「ホエンさん…敵に情けをかけてもらって生き残るなんて、らしくないですねぇ、えぇ無様ですよ」
ワドゥの笑い声に、ホエンは何も言い返さない。
「あたくしは貴女のようにはなりません。快楽だけが生き甲斐なんでねぇ」
「黙れワドゥ!もうカガセオは終わりだ!大人しく座ってやがれ!」
アンナが叫ぶと、ワドゥの笑いがピタリと止んだ。
「えぇ、カガセオは終わるみたいですねぇ…ま、あたくしには関係の無いお話ですが」
「なんだと?」
「あくまで快楽を得る手段として属していただけですから、思い入れも矜恃もあたくしにはありませんよ。そこの可哀想なお嬢さんと違ってねぇ」
メイが鯉口を切って、走り出す。
「その口を閉じなさいッ!」
対するワドゥは、向かい来るメイに何かを投げつけた。
「っ!」
メイが手で払うとそれは地面に叩きつけられ、大きな音を立てて割れた。
一瞬そちらに気が取られたメイが、意識をワドゥに戻すと、既にそこには居なかった。
「あたくしは捕まりませんよ。まだ楽しみ足りないのでねぇ」
「どォかなァ」
ワドゥの転移先で待ち構えていたシュテンが拳を振り下ろすも、空振りし風が土煙を舞いあげる。
どうやらシュテンが追撃してくることを予想していたようだ。
「あの瓶…魔力ポーションっスね」
マンジュが割れた破片を見て推察する。
「隠し持ってやがったのか…」
魔力ポーションは飲んでから効果が出るまでにラグがある。
戦闘中に飲むのは隙を作る事にも繋がりリスクが高い。
そのためワドゥは、意識を取り戻してからこっそり飲み、効果が出た頃に声を上げたのだ。
「では、もう遭わない事を祈りますよ」
その声は、何処から届いているのかも分からない。
メイは刀を握る手に自然と力が入った。
堪えて鞘に収め、大きく深呼吸。
「…今はとにかく、宮殿へ急ぎましょう」
「回復は終わったか?」
アンナが振り返ると、既に緑の光は止んでおり、クロがシャーと鳴いた。
「すまない…ウチのせいでワドゥも…」
「んな事言ってる場合じゃねえっス!終わったなら早く行くっスよ!」
マンジュがホエンの腕を掴んで引っ張り起こす。
戻ってきたメイがホエンの前へ真っ直ぐ立つ。
「ひとつだけ問います。貴女はこれまでの行動を省み、改める事が出来ますか?」
ホエンは少しの間俯いていたが、やがてメイの目をまっすぐ見据え、大きく首を縦に振った。
「ウチは間違っていた。この世のことを知った気になっていたんだ。今ならそれがわかる」
「…その言葉、この王国第三王女メイ=レキが、しかと聞き入れました」
「…え?」
呆然とするホエンを他所に、メイは振り返る。
「さぁ行きましょう皆さん、我々は今より臨時の五人パーティです!」
「え、ちょ…」
「おーい」
ホエンの突っ込みは、横から聞こえた呼び声に掻き消された。
見ると細路地から、ガタイばかりいい色白の男が手を振っていた。




