第百七話/ジンシン⑥・突入
ニンナはローブの男たちが居る部屋と一枚壁を隔てた屋外で、聞き耳を立てつつ玄関を見張っていた。
建物に出入り出来る扉は玄関のみ。男たちの他に人物が居れば、必ずそこから出てくる。
背の高い雑草に潜み、息を殺す。
「おーいお前らー」
壁の向こうで、ローブの男達とは違う男の声がした。
「今日はもう帰れ、俺も帰る」
「うーす」
男たちが動き出し、部屋の中が足音で煩くなる。
すぐに玄関が開き、中から中年の男が出てきた。
ローブの男達とは違いしっかりとした装備品を着ている。
小綺麗に整った、冒険者のような身なりだ。
「あいつが雇い主か…」
草むらの中から、鋭く睨み付ける。
中年男はそんなニンナには気付かず、呑気に歩いて去っていった。方向は貧民街とは逆であった。
その足音が消える前に、ローブの男たちも建物から出てくる。
尤も既にローブは着ておらず、ただの小汚いチンピラ三人衆といった印象だ。
三人はゲラゲラと笑いながら、中年男と同じ方向へ歩いて行った。
じきにその笑い声も聞こえなくなり、ニンナの耳には風に木の葉が揺れる音のみが入ってくる。
「…よし」
ゆっくりと立ち上がり、忍び足で玄関へと近付く。
「…開いてる」
幸い鍵は掛かっておらず、易々と侵入出来た。
手早く男たちが居た部屋まで進み、脱ぎ散らかされたローブを踏みつけながら、地下室の鍵を取る。
そのまま足早に階段下へ向かい、地下室の扉を解錠した。
「よし…っ!」
扉を開けると、階段が続いている。
長くはない階段だが、一段降りるにつれ、地下室から漏れる子供たちの声が増していく。
階段下の扉を開けると、正面に鉄格子が現れ、その向こう側から十余人の子供達が一斉にこちらを向いた。
「っ…」
あまりの光景に、一瞬言葉に詰まる。
子供たちの中には最初の強ばった表情から、次第に困惑の顔に変わっていく者も居た。
「お姉ちゃん、誰…?」
ニンナはハッとして息を吸う。
「孤児院のニンナだ、みんなを助けに来たよ」
ニンナはすぐに鉄格子の鍵を外し、扉を開け放つ。
「さぁ!」
子供たちは互いを見合っていたが、次第に事態が分かってきたのか、笑顔で立ち上がり、駆け足で外に出ていく。
その一番後ろで、先程の幼兄妹が固まっていた。
ニンナはそっと近付き、手を差し伸べる。
「君たちのお陰で全員助けられた、ありがとう」
幼い兄は妹の手を取ると、目に涙を浮かべてニンナの手を握った。
「お姉ちゃん、ありがとう」
ニンナがそのまま手を引いて鉄格子を潜ると、一人の少年が目に入った。
皆が階段へと向かう中、一人だけこちらを向いて佇んでいる。
「どうした?」
「お姉ちゃん、全員じゃないよ」
「…なに?」
最後尾で階段を登りながら問い返す。
「全員じゃないって、どういう事だ?」
「ぼくがここに来た時、先に十人くらい居たんだ。でも、今ここにいるのはぼくより後に来た子たちばかり」
「…君より先に居た子たちは何処へ?」
少年は首を横に振る。
「わからない。一人ずつ部屋を出されて行って、帰ってこなかった」
ニンナの頬を汗が一筋垂れる。
階段を登りきり、玄関へと向かう。
その途中、月明かりに照らされた少年の顔がハッキリとうつる。
「何処に行ったのかはわからないけど、気をつけた方が…」
「っ!」
チカッと視界の端で何かが光るのが見え、咄嗟に少年を引き寄せる。
直後、少年の後ろから噴き上がるような火柱が迫ってきた。
「!?」
少年と火を分かつように、ニンナは水の壁を張り出した。
水が熱せられるジュウという音が響き渡る。
突然の事に、少年だけでなくニンナと手を握っていた幼兄妹までもがその場に倒れ込む。
「なんだ…!?」
「ほう、水魔法か」
廊下の奥から足音が近付いてくる。
「ひっ」
少年の顔がみるみる青ざめていく。
ニンナはそれを見て、自身の目測が甘かった事を悟った。
「あの人が、この家の主?」
少年はコクコクと頷く。
やはり、あの中年男は主犯格では無かった。
誘拐を指示したその張本人は、まだこの建物に残っていたのだ。
その姿が、月明かりの元へ一歩づつ出てくる。
首から下が照らされた場所で止まったその男は、恰幅がよく整った服装をしていた。
ニンナは尻を持ち上げて膝をつくと、子供たちの前に手を翳した。
「早く逃げなさい…」
「っ…」
少年が歯を食いしばる。
「お、お姉ちゃんは…」
「後で追い付くから!早く!」
少年が意を決して動き出すと、ドア脇で固まっていた幼兄妹の手を引いて全速で玄関を出ていった。
「…貧民ひとり残ってどうするつもりだ?」
「決まってる、アンタを留める」
「不敬であるぞ!」
男が叫ぶと、ぼうっと音を立てて男の顔が照らされた。
露になったその顔は見た事があった。
数日前に絡んできたあの貴族、カンセイ=アクローズだ。
しかしそれ以上に、その顔を照らす“それ”の存在にニンナは息を呑んだ。
「フレイムティアラ…」
「ほう、貧民にしては学があるな」
以前に姿絵で見た国王のそれとは著しく見劣りするが、額に現れたその火は高貴なる王族の証に他ならない。
「王族が、こんなところで何を…」
「ふん、学の褒美に教えてやろう。僕が王族に返り咲く為の研究だ」
「……?」
ニンナは眉を寄せる。
「この通り、火炎魔法を開花した僕はやんごとなき身分であるはずだ。しかし陛下はあろう事かこの僕を追放し、こんな僻地に追いやった!ならば、より強い火炎魔法を手に入れ、王族復帰を果たそうと考えるのが当然であろう」
ニンナの頭を嫌な想像が過る。
「じゃあ、拐った子供たちは…」
その想像を肯定するように、カンセイは笑みを浮かべる。
「王族の為に死ねるなら、何も出来ぬ貧民にとって最高の栄誉であろう?」
ニンナの中で沸き立つ感情を抑えきれなくなる。
「テメェ…っ!許さねえ!」
立ち上がるニンナに対し、カンセイは溜息をこぼす。
「次期国王に歯向かうとは…反乱の芽は摘まねばなるまい」
「黙れ!その腐れきった汚い火、私の水で残らず消し去ってやる…っ!」




