第百六話/ジンシン⑤・急転
ホエンは自室で横になって、大きな溜息を吐いた。
「ニンナ…毎日どこに行ってるんだろ」
今日も、ニンナは昼食に現れなかった。
「いい加減、何やってるのか教えてくれてもいいのに…」
ホエンとて馬鹿ではない。ニンナがなんの目的で動いているのかくらい想像がつく。
それ故に、自身が横に付いていけないのが歯痒い。
「…あーもう、だめだめ!」
足で反動をつけて起き上がると、思考を振り払うように頭を搔きむしる。
そのまま部屋を出ると、物音のする厨房の方へと向かった。
「ねー、メイジー」
厨房の中を覗き込むと、案の定メイジが夕飯の仕込みをしていた。
珍しいと言わんばかりにホエンを見た。
「ホエンさん、何かご用ですか?」
「んー、いやー…なんか手伝える事無い?身体動かしたくてさ」
メイジは二、三回瞬きをした後、ゆっくりと微笑む。
「…なるほど、では頼んでもいいですか?」
「よっこら、しょっと…ふぅ」
ホエンは建物の裏手にある蔵から、大きな木箱を取り出して地面に降ろした。
「重ったいなこれ…」
メイジ曰く、中身は洋服らしい。
何故そんなものを蔵で厳重に保管しているのかホエンが訊くと、メイジは一層口角を上げた。
「ただの洋服ではありません。とても上等な布を使った一張羅ですよ。院を出て新しい生活を始める子供たちへは、いつもそういった服を贈っているのです」
ホエンが「近々ここを出る子なんか居る?」と眉を顰めると、メイジはにこりと笑った。
「おそらく、ニンナさんは向こう一年うちに独立します。彼女ももう十四歳ですからね。洗濯したり仕立て直したりと、洋服を準備するには時間が要るので、今がちょうど良い時期なのですよ」
メイジの笑顔を思い出しながら、大きく息を吸いこむ。
「ニンナ、喜ぶだろうなぁ」
ホエンが蔵に鍵を掛け、もう一度木箱を持ち上げようとした時、視界の端で何かが動くのを感じた。
「ん?」
それは柵の外側、貧民街の方向だった。
誰かがコソコソと走っているようだ。
目を凝らす。
「あれは…ニンナ?」
嫌な予感がした。
気付いた時には、木箱を置いたまま走り出していた。
ニンナを見失わないよう目で追いながら、院の裏手へと回る。
一部壊れて低くなっている柵を飛び越え、そのまま駆けて行った。
「ニンナ、何処に行くの…!」
ホエンの足音が小さくなっていく孤児院の裏で、ガサリと草をかき分ける音がした。
「…ホエン?」
長い癖毛に枝や葉を絡ませたままの小さな体は、柵の下を易々と潜ってぺたぺたとホエンの後ろ姿を追いかけて行った。
それから少し経って、ニンナは尾行していたローブの男たちが、町外れの廃墟へ入っていくを目の当たりにした。
まずニンナは、建物が発する大きな魔力残滓に気が付いた。
「これは…」
思わず息を呑む。
貧民街から攫った子供たちが中に居るのは明白である。
「中で何が…」
慎重に、建物へと近付く。
建物の周りは木で囲まれており、身を隠す場所は沢山ある。
少しずつ、少しずつ建物との距離を詰めた。
遂に建物の壁へ辿り着くと、近くの窓から中を覗いてみる。
「…っ!」
思わず顔を引く。
ローブの男たちがちょうどその部屋へ入ってきたのだ。
ゆっくりと、もう一度顔を出すと、男たちはしゃがみこんで麻袋を解いていた。
「ほら、立て」
先程拐われた幼兄妹がフラフラと立ち上がる。
「よし、顔見せだ、来い」
ローブの男が一人、兄妹を連れて部屋を出た。
「……っ」
ニンナが湧き上がる感情をぐっと抑えていると、男がもう一人立ち上がった。
「じゃ、俺ガキ部屋の鍵開けて待っとくわ」
「おう」
男は壁に掛かっていた鍵を取ると、部屋を出ていった。
「…ガキ部屋」
おそらくは子供たちを監禁している部屋だろう。
ニンナは一度深呼吸をして、男が出ていった方向へ壁を伝った。
適当な窓から顔を出すと、ちょうど男が鍵を刺すところだった。
男は階段脇の物置のような扉に、しゃがんで鍵を差し込んでいた。
扉を開けると、手元の床を弄っているように見えた。
「…地下室か」
地下室ならば、子供が泣いても音が漏れない。
大勢の子供を監禁するのには最適な場所である。
自然と拳に力が籠る。
「待ってな…絶対に助けてみせるから…っ!」




